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ヨブ記講解(37) - エリファズ二回目に論ずる(3)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記15:17~25 前回に続いて、エリファズが二回目に論ずる内容を調べて、私たちが信仰相談を受けるとき、聖霊の声を聞くことがどれほど重要なのか伝えます。 1. 先祖の言葉を引用してヨブを悟らせようとするエリファズ 「私はあなたに告げよう。私に聞け。私の見たところを述べよう。それは知恵のある者たちが告げたもの、彼らの先祖が隠さなかったものだ。彼らにだけ、この地は与えられ、他国人はその中を通り過ぎなかった。」(ヨブ15:17-19) エリファズはこれまで自分の知識を総動員してヨブを説得したのですが、ヨブが聞かなかったので、知恵のある先祖の言葉を引用しようと言います。 イスラエルの地は神様が選民に与えられた地なので、他国人はその中を通り過ぎないように教えました(ヨエル3:17)。また、神様は選民イスラエルをエジプトから連れ出した後、将来カナンの地に入ったら、そこの異邦人を聖絶せよと命じられました。もしこの声に聞き従わないなら、その地に住んでいた異邦人がイスラエルの民にとって、いばらとわなになると仰せられました(申命記
ヨブ記講解(36) - エリファズ二回目に論ずる(2)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記15:12~22 きょうは前回に続き、エリファズが二回目に論ずる内容を調べて、人が感情的になって言い争うとどんな結果を生むのかを伝えます。 1. 感情的になって言い争うことの結果 「なぜ、あなたは理性を失ったのか。なぜ、あなたの目はぎらつくのか。あなたが神に向かっていらだち、口からあのようなことばを吐くとは。」(ヨブ15:12-13) ここで「理性を失った」とは、心が落ち着かないで興奮していることをいいます。そして「目はぎらつく」とは、腹を立てたとき、目つきがぎらぎら光って怖く見える状態をいいます。 人が言い争っていると、感情的になったり、声が大きくなったり、目つきが怖くなったりなど、いろいろな現象が起こります。はらわたが煮えくり返って心拍が早くなったり、血の巡りが早くなって顔や目の縁が赤くなったりもします。さらに目が血走ったりして、見ると怖く感じられます。 ここで終わらないでずっと言い争っていると、息が上がってブルブル震える人もいます。こうなると自制できないので、悪態をついたりします。ヨブとヨブの友だちは今、
ヨブ記講解(35) - エリファズ二回目に論ずる(1)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記15:4~11 きょうはエリファズが二回目に論ずる内容を調べて、私たちの言葉と行いが相手に及ぼす影響について伝えます。 1. ヨブをさばいて非難するエリファズ 「ところが、あなたは信仰を捨て、神に祈ることをやめている。」(ヨブ15:4) エリファズは「ヨブ、前にあなたが豊かだった時は、神様の前に全焼のいけにえをささげて神様を恐れていたではないか。ところが、今は神様を恐れるどころか、恨んで悪い神様扱いして、祈ることさえやめている」と指摘しています。 しかし、ヨブが神様に反抗させた要因の一つが友だちとの言い争いだったので、友だちの責任も大きいのです。これは、私たちが誰かの相談に乗る時にも気をつけなければならない部分です。自分のひと言が相手に信仰といのちを植えつけることもあるし、反対に相手をつまずかせたり、もっと悪を行わせることもあります。 特に主のしもべや働き人は聖徒を訪問するとき、人間的な考えを巡らさずに、いつも聖霊の声を聞いて話をしなければならないでしょう。 「それは、あなたの罪があなたの口に教え、あなたが悪
ヨブ記講解(34)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記14:17~22,15:1~3 きょうは神様の愛を誤解しているヨブの言葉とエリファズの言い分を調べて、神様が私たちに望んでおられることが何かを伝えます。 1. 神様の愛が変わったと誤解するヨブ 「私のそむきの罪を袋の中に封じ込め、私の咎をおおってください。」(ヨブ14:17) 人は、貴重で大切なものをなくさないために、袋の中にしっかり入れておくことがあります。同じように「そむきの罪を封じ込める」とは、それを軽く見ないで重大に思い、厳しく取り締まるという意味です。神様が自分の歩みをいちいち数えて懲らしめておられる、そむきの罪と咎を封じ込めて、重罪人のように扱っておられる、という意味です。 まるで心が変わってしまった夫に文句を言う妻のように、ヨブは神様に向かって訴えています。「神様と私は愛し合っていたのに、突然、神様は私を嫌って、私のすべてのものを取り上げてしまいました。それは神様が私を憎んで、重罪人扱いしておられるということです。私の若い頃の罪も一つ一つあばきだしておられるのです」と言っているのです。...
ヨブ記講解(33) - 過去を偲びながら神様に訴えているヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記14:7~16 きょうは、豊かで良かった過去を思い出しながら神様の前に訴えるヨブの姿から、神様が望んでおられることが何かを伝えます。 1. 霊的に無知で天国への希望がないヨブ 「木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない。たとい、その根が地中で老い、その根株が土の中で枯れても、水分に出会うと芽をふき、苗木のように枝を出す。しかし、人間は死ぬと、倒れたきりだ。人は、息絶えると、どこにいるか。」(ヨブ14:7~10) 今までヨブは神様につぶやいて嘆き、あれこれ話をしてみたのですが、何の答えもないと、意気がくじけました。それで、自分は無力で、弱い女から生まれた者だと人生のみじめさを説明するかと思うと、今度は神様を説得するために木にたとえています。「私は木よりも劣る人だから、かわいそうに思って、もう勘弁してください」と自分の哀れさを訴えているのです。 木を切ると、そこからまた芽を出し、枝が育って、新しく植えたように茂ります。また、木の根は地中で古くなれば自然に枯れますが、その上の枝は
ヨブ記講解(32) - 天国への希望がないヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記14:1~6 きょうは天国への希望がないヨブの姿から、私たちに望んでおられる神様の心と思いを伝えます。 1. 女に恨みの矛先を向けて人生の空しさを論じるヨブ 「女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。花のように咲き出ては切り取られ、影のように飛び去ってとどまりません。」(ヨブ14:1~2) ここでヨブは女性を軽んじているように見えます。旧約時代の女性はたいてい男性の所有物のように扱われて、服従だけしなければならない存在でした。 もちろん神様は男性と女性を差別されたりはしません。しかし、創世記を読むと、女であるエバを通して罪が入り、人類が滅びの道に向かったことがわかります。エバがまず蛇に誘惑されて善悪の知識の木から実を取って食べ、夫のアダムに与えたので、アダムもそれを食べて不従順の罪を犯したのです。 女性はエバの本性を受け継いで生まれるので、男性に比べて心がもろくて、ずる賢い場合が多いです。人によって違いますが、ほとんどは男性の心の芯が女性に比べて真っ直ぐで、移り変わることが少ないです。
ヨブ記講解(31) - 霊的知識の重要性
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記13:20~28 きょうは霊的に無知なので神様に抗議するヨブの姿を見て、霊的知識がどれほど重要なのか伝えます。 1. 霊的知識がなくて神様におびえるヨブ 「ただ二つの事を私にしないでください。そうすれば、私は御顔を避けて隠れません。あなたの手を私の上から遠ざけてください。あなたの恐ろしさで私をおびえさせないでください。」(ヨブ13:20~21) 前回でヨブは、自分と論じる資格があるような人はいないと言いました。ですから、今は神様と自由に論じ合えるように、二つの事をしないでくださいとお願いをしています。一つは神様の手を自分の上から遠ざけてくださいということで、もう一つは神様の恐ろしさで自分をおびえさせないでくださいということです。神様がもし手を出さないで、その恐ろしさでおびえさせなければ、神様の前に訴えて問い詰めることがたくさんある、ということです。 ヨブは試練に会う前も神様におびえていたので(ヨブ3:25)、死より大きい苦しみの中にある今は、なおさらおびえるしかありません。これは、自分で自分は正しい人だと思
朝の学び126 創世記17章
創世紀 17:15-27 また、神はアブラハムに仰せられた。「あなたの妻サライのことだが、その名をサライと呼んではならない。その名はサラとなるからだ。わたしは彼女を祝福しよう。確かに、彼女によって、あなたにひとりの男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、国々の民の王たちが、彼女から出て来る。」アブラハムはひれ伏し、そして笑ったが、心の中で言った。「百歳の者に子どもが生まれようか。サラにしても、九十歳の女が子を産むことができようか。」そして、アブラハムは神に申し上げた。「どうかイシュマエルが、あなたの御前で生きながらえますように。」すると神は仰せられた。「いや、あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサクと名づけなさい。わたしは彼とわたしの契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする。イシュマエルについては、あなたの言うことを聞き入れた。確かに、わたしは彼を祝福し、彼の子孫をふやし、非常に多く増し加えよう。彼は十二人の族長たちを生む。わたしは彼を大いなる国民としよう。しかしわたしは、来年の今ご
ヨブ記講解(30) - 高ぶりの極みを見せるヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記13:6~19 きょうも前回に続き、高ぶりの極みを見せるヨブの姿によって自分を省みて、神様の望んでおられる姿が何かを調べてみましょう。 1. ヨブの論争と訴え 「さあ、私の論ずるところを聞き、私のくちびるの訴えに耳を貸せ。あなたがたは神の代わりに、なんと、不正を言うのか。神の代わりに、欺きを語るのか。神の顔を、あなたがたは立てるつもりなのか。神の代わりに言い争うのか。」(ヨブ13:6~8) 「論ずる」とは、互いに意見を戦わせる、論争するという意味です。聖書には言い争ってはならないとあるのに(第一テモテ6:20)、ヨブは神様と論じ合ってみたいと言い、友だちに自分の訴えを聞きなさいと言っています。白黒をつけて自分は間違っていないことを明らかにして、正当化したいのです。 真理にあって生きていく人は、不当なことをされても、訴えたり言い訳したりしないで、まことの審判者である神様を望んで、黙々と耐えてみことばどおりに行っていくだけです。 イエス様は不当な仕打ちにあわれた時も、ただ神様にゆだねて祈られただけで、誰とも言い争っ
ヨブ記講解(29) - 高ぶりの極みを見せるヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記12:22~13:9 きょうは高ぶりの極みを見せるヨブの姿によって自分を省みて、神様のみこころが何か調べてみます。 1. 予定の神様だとさばくヨブ 「やみの中から秘密をあらわし、暗黒を光に引き出す。神は国々を富ませ、また、これを滅ぼし、国々を広げ、また、これを連れ去り、」(ヨブ12:22~23) 「やみの中から」とは、隠されている状態を表現しています。ヨブは先祖から神様について聞いて知っているだけで、神様を見つけて体験したことがなかったので、神様の存在をぼんやりと認識していました。神様の恵みと愛も漠然と感じているだけでした。 このように神様についてすべてがぼんやりした状態で、ヨブは自分なりに神様を信じて従ってはいました、しかし、今はどんな神様なのかはっきりしたというのです。神様はあらかじめ定めておいて、やみの中から秘密を現わすことによって、自分に厳しい試練や患難が臨むようになったと思っているのです。 ヨブは先祖の生き方や自分の境遇を見ても、あらかじめ苦しみに会うように定めておられたと強く批判しています。しかし、
ヨブ記講解(28) - 自分の妥当性を主張するヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記12:7~22 きょうは創造主の神様の力と神性を高めるふりをして、結局自分の妥当性を主張するヨブの本心について調べてみます。 1. 神様の力と神性を高めるヨブ 「しかし、獣に尋ねてみよ。それがあなたに教えるだろう。空の鳥に尋ねてみよ。それがあなたに告げるだろう。あるいは地に話しかけよ。それがあなたに教えるだろう。海の魚もあなたに語るだろう。これらすべてのもののうち、【主】の御手がこれをなさったことを、知らないものがあろうか。すべての生き物のいのちと、すべての人間の息とは、その御手のうちにある。」(ヨブ12:7~10) 神様はことばで天地万物を創造されました。天と海、地、山川草木など、万物に神様の力と神性を込めておかれて、誰でも創造主の神様を信じられるようにしてくださいました(ローマ1:20)。 神様はワシのように大きい鳥だけでなく、ハエや蚊、カゲロウのように小さい昆虫もうまく飛べるように造られました。ヨブはこのような神様の力と知恵を認めているので、獣、鳥、地、魚のうち「【主】の御手がこれをなさったことを、知らな
ヨブ記講解(27)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記12:1~6 きょうは友だちの話に反論して、神様を誤解するヨブの姿から自分自身を発見して、神様のみこころが何かを調べてみましょう。 1. 友だちの話を皮肉って反論するヨブ 「そこでヨブが答えて言った。確かにあなたがたは人だ。あなたがたが死ぬと、知恵も共に死ぬ。」(ヨブ12:1~2) ヨブの立場では、友だちが言っていることはばかばかしいのです。自分たちだけ正しいと言ってヨブを責めるので、ヨブははらわたが煮えくり返る思いでした。友だちが自分を教えていると思ったヨブは「あなたがたの話は正しくて、私の話は正しくないのか。じゃあ、私は人でもなくて、あなたたがだけが人なのか。あなたがたが死ぬと、知恵も共に死ぬのか」と皮肉を言っているのです。 ここでヨブが「あなたがたは人だ」と言った本当の意図は何でしょうか。互いに話が通じないから、イライラして「わかった、わかった」と一方的に話を打ち切っているのです。友だちが知識と知恵があるふりをしながら、自分を教えて無視していると思ったヨブは、はらわたが煮えくり返るようでした。それで、ひどく
ヨブ記講解(26) - 患難は罪から来る
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記11:12~20 きょうはすべての患難の原因は罪にあることと、私たちが罪から立ち返るとき、どんな祝福が臨むのかについて伝えます。 1. 賢くなく無知な人間 「無知な人間も賢くなり、野ろばの子も、人として生まれる。」(ヨブ11:12) 「賢い」とは、辞書では「頭の働きが鋭く、知能にすぐれている。利口だ。賢明だ。」という意味ですが、霊的には「生きてきた過程の中で積まれた知識を糧とすること」を意味します。 賢いなら無知な者になりません。霊的に賢い人はみことばが糧となって、私たちを生んでくださった父なる神様を知っているので、決して偶像に手を合わせません。 野ろばの子は飼い主がいないため、自分勝手に歩き回ります。すると罠にかかったり、猛獣に食われたりもします。 これと同じように、無知な人は霊的に賢くないので、たましいの主人である創造主の神様を知らず、偶像に手を合わせるなど、野ろばの子のように自分勝手に生きていきます。また、神様のみこころと反対であるやみのわざ、真理と反対のことを行います。そのうち敵である悪魔・サタンの餌食に
ヨブ記講解(25) - 言葉の重要性、不信実な人
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記11:1~11 きょうはヨブの三人目の友だちツォファルの言葉を調べて、言葉の重要性と不信実な者について伝えます。 1. 言葉の重要性 「ナアマ人ツォファルが答えて言った。ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。」(ヨブ11:1~2) ヨブの三人目の友だちツォファルはヨブがことば数が多いことを指摘して、正しくないと責めます。ここで「舌の人」とは、おしゃべりでことば数が多く、偽りを言ってむなしい話をする人を意味します。 人が感情的になるとイライラして口数が多くなりますが、こんな状態ではよく大げさなことを言って、真実は語れないのです。 神の子どもたちは一言でも真実で慎重にしなければなりません。おしゃべりは聞く人がおもしろがって楽しいと思うかもしれませんが、そういう人を心から信頼したり認めはしないでしょう。聖書には言葉の重要性についての聖句が実に多いです(箴言10:19,マタイ12:36~37,ヤコブ3:2)。 全能の神様を信じる私たちは、いくらつらくて大変なことが起こっても、祈って、
ヨブ記講解(24)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記10:13~22 きょうはヨブが高ぶって無知なため神様に訴える姿を調べて、神様が私たちに望んでおられるみこころは何かを伝えます。 1. 神様の前に知ったかぶりをするヨブ 「しかし、あなたはこれらのことを御心に秘めておられました。私はこのことがあなたのうちにあるのを知っています。もし、私が罪を犯すと、あなたは私を待ちもうけておられ、私の咎を見のがされません。」(ヨブ10:13~14) これは前の12節の「あなたはいのちと恵みとを私に与え、私を顧みて私の霊を守られました。」に続く聖句です。「神様は私にいのちも祝福も下さって、私の心と思いをつかさどって神様を恐れて善を追い求めるようにされました。ところが、そのように恵みを施されながらも、私に患難を下すことをあらかじめ計画しておかれたのですね」とさばいているのです。 ヨブは「私はこのことがあなたのうちにあるのを知っています」と言って、また知ったかぶりをしています。このように自分は知っていると思うこと自体が恐ろしい高ぶりです。神様をよく知っていて、そのみこころのとおりに行う
ヨブ記講解(23) - ヨブの錯覚
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記10:3~12 きょうはヨブが錯覚して神様に訴える姿を調べて、私たち自身を省みられるようにメッセージを伝えます。 1. 悪い神様だと決めつけて反論するヨブ 「あなたが人をしいたげ、御手のわざをさげすみ、悪者のはかりごとに光を添えることは良いことでしょうか。あなたは肉の目を持っておられるのですか。あるいは、人間が見るように、あなたも見られるのですか。」(ヨブ10:3~4) ヨブは神様が自分を造ったのに、試練や患難や病気で苦める方だと言っています。また、神様は悪人のはかりごとに光を添えることは良いと思っておられると主張します。ヨブの心はさらにひねくれて、続けて悪い神様のように決めつけています。自分のように正しい人を苦しめる神様、正しい人をしいたげてさげすみ、悪者のほうを愛する神様だとさばいているのです。 また、ヨブは「神様は心を見る方なのに、どうして人間のような目で見るのですか。友だちは私のうわべを見て、おまえは罪があると言っても、心をご覧になる神様は私が正しくて潔白なことを知っておられるので、当然祝福を下さるべきで
ヨブ記講解(22) - ヨブの無知③
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記9:27~10:2 きょうはヨブが霊的に無知なので、ますます悪い神様として扱う姿を調べて、神様が私たちに望んでおられることを伝えます。 1. 条件付きの信仰を見せるヨブ 「たとい『不平を忘れ、憂うつな顔を捨てて、明るくなりたい』と私が言いましても、私の受けたすべての苦痛を思うと、私はおびえます。私は知っています。あなたは、私を罪のない者とはしてくださいません。私はきっと、罪ある者とされましょう。ではなぜ、私はいたずらに労するのでしょうか。」(ヨブ9:27~29) ヨブはあまりにも悔しいけれど、友だちが度々指摘するので、その指摘どおりに不平を忘れて楽しい顔をしようとしても、何の役にも立たないと言っています。 「私の受けたすべての苦痛を思うと、私はおびえます。」とは、たとえ自分が立ち返っていやされたとしても、神様がまた訳もなく自分を打ってしまうだろうから、また苦しみを受けるようになるのでおびえている、という意味です。 しかし、神様は私たちが悔い改めて行いで立ち返るとき、過去の過ちを覚えてもおられない方です。詩篇103
ヨブ記講解(21) - ヨブの無知②
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記9:19~26 きょうは、霊的に無知なので神様を誤解してさばいて罪に定めるなど、次々と現れるヨブの悪と心の中について調べます。 1. 神様をさばきを行う恐ろしい方だと誤解するヨブ 「もし、力について言えば、見よ、神は力強い。もし、さばきについて言えば、だれが私を呼び出すことができるか。」(ヨブ9:19) ヨブは、神様が一日で自分のすべてを奪った恐ろしい方だと思ったので、神様を力強いと表現しています。つまり、神様は強い力を思いのままに振るう方だというのです。 しかし、神様は私たちを愛してくださって、ひとり子イエス様をこの地上に遣わされました。イエス様は私たちの罪を代わりに負って十字架につけられて死なれましたが、三日目によみがえられることで敵である悪魔の死の力を打ち破られました。したがって、神様の強さは死の力を打ち破った強さであり、よみがえりの強さです。 このように何より強くて偉大なのは愛の力です。神様の愛はイエス・キリストの血の代価によって人類を救い、永遠のいのちへと導く強さです。この愛の力は罪人を悔い改めさせ、頑
ヨブ記講解(20) - ヨブの無知①
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記9:13~21 きょうは、霊的に無知なので、神様を誤解してひねくれているヨブの心について伝えます。 1. 怒りを翻さない神様だと誤解したヨブ 「神は怒りを翻さない。ラハブを助ける者たちは、みもとに身をかがめる。いったい、この私が神に答えられようか。私が神とことばを交せようか。」(ヨブ9:13~14) 神様は怒るのにおそく、私たちが悔い改めて立ち返れば、怒りを思い直してくださる方です。 旧約聖書を読むと、イスラエルの民が偶像に仕えて神様から離れると、周りの国から侵略されて捕虜になりました。ところが、彼らが心を砕いて罪を告白して再び神様を求めると、神様は赦してくださり、奪われた国を取り戻すようにされました。 ニネベの民の場合、彼らの悪がひどくなって、神様が滅びを告げられましたが、王から民、家畜に至るまで断食して悔い改めると、神様はさばきを思い直して、彼らを救ってくださいました。 このように神様は心から悔い改める者には怒りを静めて、憐れんで赦してくださいます。詩篇103篇12節に「東が西から遠く離れているように、私たち
ヨブ記講解(19) - 予定の神様だと誤解しているヨブ
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記9:3~12 1. 神様を独裁者だと誤解しているヨブ 「たとい神と言い争おうと思っても、千に一つも答えられまい。神は心に知恵のある方、力の強い方。神に身をこわくして、だれがそのままで済むだろうか。」(ヨブ9:3~4) 「たとい神と言い争おうと思っても」とあります。被造物である私たちはあえて創造主なる神様と言い争うことはできず、神様の前にただ聞き従って恐れなければなりません。神様は私たちを 造った方であり、光そのもので完全な方、正しい方だからです(第一テモテ6:16,第一ヨハネ1:5, 申命記32:4,出エジプト33:20)。被造物にすぎない人が神様の千のことばに一つも答えられな いのは、あまりにも当然のことです。 ところが、ヨブは神様の知恵について深く理解しているわけではありませんでした。ただ神様は知恵のある方で、力の強い方なので、独裁者のように思いのままに自分の子どもたちと財産を みな取り上げて、病気で苦しめておられると思っていたのです。このようにすべてを取り上げる神様の前に、自分は言いたいことは何も言えない、
朝の学び125 創世記17章
創世紀 17:15-27 また、神はアブラハムに仰せられた。「あなたの妻サライのことだが、その名をサライと呼んではならない。その名はサラとなるからだ。わたしは彼女を祝福しよう。確かに、彼女によって、あなたにひとりの男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、国々の民の王たちが、彼女から出て来る。」アブラハムはひれ伏し、そして笑ったが、心の中で言った。「百歳の者に子どもが生まれようか。サラにしても、九十歳の女が子を産むことができようか。」そして、アブラハムは神に申し上げた。「どうかイシュマエルが、あなたの御前で生きながらえますように。」すると神は仰せられた。「いや、あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ。あなたはその子をイサクと名づけなさい。わたしは彼とわたしの契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする。イシュマエルについては、あなたの言うことを聞き入れた。確かに、わたしは彼を祝福し、彼の子孫をふやし、非常に多く増し加えよう。彼は十二人の族長たちを生む。わたしは彼を大いなる国民としよう。しかしわたしは、来年の今
朝の学び124 創世記17章
創世記17:1- 15 アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」ついで、神はアブラ
朝の学び123 創世記17章
創世記17:1- 15 アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」ついで、神は
朝の学び122 創世記16章
創世紀 16:4-16 彼はハガルのところにはいった。そして彼女はみごもった。彼女は自分がみごもったのを知って、自分の女主人を見下げるようになった。そこでサライはアブラムに言った。「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、彼女は自分がみごもっているのを見て、私を見下げるようになりました。主が、私とあなたの間をおさばきになりますように。」アブラムはサライに言った。「ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。彼女をあなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女をいじめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。主の使いは、荒野の泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけ、「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか。」と尋ねた。彼女は答えた。「私の女主人サライのところから逃げているところです。」そこで、主の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」また、主の使いは彼女に言った。「あなたの子孫は、わたし
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