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朝の学び105 創世記13章
創世記13:10-18 ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。アブラムはカナンの地に住んだが、ロトは低地の町々に住んで、ソドムの近くまで天幕を張った。ところが、ソドムの人々はよこしまな者で、主に対しては非常な罪人であった。ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」そこで、アブラムは天幕を移して、ヘブロンにあるマムレの樫の木のそ
朝の学び104 創世記13章
創世記13:5-13 アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、天幕を所有していた。その地は彼らがいっしょに住むのに十分ではなかった。彼らの持ち物が多すぎたので、彼らがいっしょに住むことができなかったのである。そのうえ、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった。またそのころ、その地にはカナン人とペリジ人が住んでいた。そこで、アブラムはロトに言った。「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。ア


朝の学び103 創世記13章
創世記13:5-13 アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、天幕を所有していた。その地は彼らがいっしょに住むのに十分ではなかった。彼らの持ち物が多すぎたので、彼らがいっしょに住むことができなかったのである。そのうえ、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった。またそのころ、その地にはカナン人とペリジ人が住んでいた。そこで、アブラムはロトに言った。「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東のほうに移動した。こうして彼らは互いに別れた。ア


朝の学び102 創世記13章
創世記13:1-10 それで、アブラムは、エジプトを出て、ネゲブに上った。彼と、妻のサライと、すべての所有物と、ロトもいっしょであった。アブラムは家畜と銀と金とに非常に富んでいた。彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、以前天幕を張った所まで来た。そこは彼が最初に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、天幕を所有していた。その地は彼らがいっしょに住むのに十分ではなかった。彼らの持ち物が多すぎたので、彼らがいっしょに住むことができなかったのである。そのうえ、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった。またそのころ、その地にはカナン人とペリジ人が住んでいた。そこで、アブラムはロトに言った。「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。も


朝の学び101 創世記13章
創世記13:1-10 それで、アブラムは、エジプトを出て、ネゲブに上った。彼と、妻のサライと、すべての所有物と、ロトもいっしょであった。アブラムは家畜と銀と金とに非常に富んでいた。彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、以前天幕を張った所まで来た。そこは彼が最初に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。アブラムといっしょに行ったロトもまた、羊の群れや牛の群れ、天幕を所有していた。その地は彼らがいっしょに住むのに十分ではなかった。彼らの持ち物が多すぎたので、彼らがいっしょに住むことができなかったのである。そのうえ、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった。またそのころ、その地にはカナン人とペリジ人が住んでいた。そこで、アブラムはロトに言った。「どうか私とあなたとの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちとの間に、争いがないようにしてくれ。私たちは、親類同士なのだから。全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。も
朝の学び100 創世記12章
創世記12:10-20 さて、この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうにしばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激しかったからである。彼はエジプトに近づき、そこにはいろうとするとき、妻のサライに言った。「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということを私は知っている。エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生きのびるだろう。」アブラムがエジプトにはいって行くと、エジプト人は、その女が非常に美しいのを見た。パロの高官たちが彼女を見て、パロに彼女を推賞したので、彼女はパロの宮廷に召し入れられた。パロは彼女のために、アブラムによくしてやり、それでアブラムは羊の群れ、牛の群れ、ろば、それに男女の奴隷、雌ろば、らくだを所有するようになった。しかし、主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけた。そこでパロはアブラムを呼び寄せて言った。「あなたは
ヨブ記講解(10) - 神様に愛されている者は
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記5:17-27 きょうはエリファズの話に込められている意味を調べて、神様に愛されている人にはどんな証 拠が現れるのかを伝えます。 1. 愛する者を懲らしめられる神様 「ああ、幸いなことよ。神に責められるその人は。だから全能者の懲らしめをないがしろにして はならない。」(ヨブ5:17) エリファズは神様に責められる者は幸いだと言っていますが、これは正しいことです。過ちを犯 して懲らしめられるのは神様に愛されている証拠だからです(ヘブル12:6-8)。 神様を信じると言いながら世を愛して、真理の中で生きていないのに懲らしめが来ないならば、 もしかして神様から捨てられた私生子ではないのか、省みなければなりません。親が子どもを本 当にかわいがっているなら、過ちを犯せばお仕置きをするように、神様も子どもたちを愛しておら れるので、ただ赦すだけではなく、必要に応じて懲らしめもなさるのです(箴言3:12)。 ところで、子どもたちが罪を犯すたびに、神様がすぐ懲らしめられるのではありません。聖霊が うめかれるので心に苦しみを感じる
ヨブ記講解(9) - 全能の神、正しいさばきを行う方
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記5:8-16 きょうは、私たちのすべての祈りに答えてくださる全能の神様と、不正をお許しにならない公義 の神様について伝えます。 1. 全能の神様 「私なら、神に尋ね、私のことを神に訴えよう。」(ヨブ5:8) エリファズは先に「ヨブ、おまえがいくら神様に尋ねても、神様は答えてくださらないだろう」(ヨ ブ5:1)と言っておきながら、自分なら神様に尋ねて答えていただけるだろう、神様に尋ねなさい とヨブに忠告しています。 しかし、潔白で正しいヨブも、ひどい苦しみに会ったらつぶやいて嘆いたのに、苦しみに会って いる友だちを非難してののしるほど悪い人なら、どうでしょうか。おそらくつぶやいて嘆くことで終 わるのではなく、神様を呪って離れてしまったでしょう。エリファズは、イエス様の時のパリサイ人 のように、口では真理を語っても行いが伴わない偽善者だったのです。 今日もこういう人は口では「全知全能の神様」「生死禍福をつかさどられる神様」と呼びながら、 いざ自分に問題が起こると、人と世に頼ります。 ユダのアサ王は、王位に就いて35年
ヨブ記講解(8) - 肉的な人生観と霊的な人生観
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記5:1-7 きょうは憤りとねたみの愚かさ、そして肉的な人生観と霊的な人生観について伝えます。 1. エリファズの高ぶりと間違った教え 「さあ、呼んでみよ。だれかあなたに答える者があるか。聖者のうちのだれにあなたは向かって行こうとするのか。」(ヨブ5:1) エリファズは、ヨブがいくら神様を呼んで祈っても神様が答えてくださらないと決めつけて、高ぶって神様のみことばを否定しています。しかし、苦難の日に神様を呼び求めれば助け出してくださり、呼び求めて祈れば聞いてださるのが神様のみこころです(詩篇50:15,エレミヤ29:11-13)。また、エリファズは「このように悪くて醜いあなたの姿でどうやって聖者たちの前に出て行けるのか。身の程をわきまえなさい」という意味でヨブを叱責していますが、この言葉も正しくありません。 イエス様は正しい人だけでなく罪人で醜い人も救おうとこの地上に来られました。しいたげられている者を顧みて、取税人と罪人のように疎外されている者を訪ねて行って、彼らの友になってくださいました。ある人々は罪人たちと一緒
ヨブ記講解(7) - 霊を見分ける力と霊的な高ぶり
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記4:12-21 きょうはヨブの友だちエリファズの霊的な体験を調べて、霊を見分ける方法と霊的な高ぶりに ついて伝えます。 私たちがたましいに幸いを得ているほどすべてに幸いを得、聖霊の声を明らかに聞いて霊的 に見分けられます。いくらみことばを知識的に多く知っていて、よく祈っていても、いざというとみ ことばに聞き従わなければ、たましいに幸いを得られず、霊的に見分けられないだけでなく、か えって霊的に高ぶってしまいます。メッセージを聞いて、たましいに幸いを得ていて、霊を正確に 見分ける力を得ますように。 1. エリファズの霊的体験 深い夜中にエリファズは霊的な体験をしたのですが、これをよく理解できなかったので、思い 乱れました。彼はまだ神様を正確に知っている状態ではなかったし、また、神様を見つける体験 もない状態で霊的な体験をしたので、恐れておののきました(ヨブ4:12-14)。一つの霊が顔の上 を通り過ぎるのを感じたので、身の毛がよだちさえしました。それが来て立ち止まっても、それが サタンの霊なのか、神様が遣わされた霊
ヨブ記講解(6)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記4:1-11 1. 感情的にヨブを責めるエリファズ ヨブが自分の生まれたことと親を恨んで嘆くと、ヨブの友だちエリファズが聞いていて、まず口 を開きます。 「すると、テマン人エリファズが話しかけて言った。もし、だれかがあなたにあえて語りかけたら、 あなたはそれに耐えられようか。しかし、だれが黙っておられよう。」(ヨブ4:1-2) ここで「それに耐えられようか」と言っていますが、それは「聞きたがらないだろう」という意味な のです。「ヨブ、お前の話を聞いていたら、もう我慢できない。ちょっと忠告しなければ。おれの言 葉を聞けば耳が痛いかもしれないけれど、指摘しよう」というような意味です。エリファズはヨブ の話が気にくわなくて、しゃくに障り、腹が立ちました。 しかし、このようなエリファズの行いも真理に照らすと合っていません。神様は聖書のあちこち で、怒ってはならない、さばいてはいけないと言っておられます(ヤコブ1:19,4:11-12,マタイ7:1 -2)。人の心は、ただ神様だけが探ることがおできになるからです。...
朝の学び99 創世記12章
創世記12:10-20 さて、この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうにしばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激しかったからである。彼はエジプトに近づき、そこにはいろうとするとき、妻のサライに言った。「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということを私は知っている。エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生きのびるだろう。」アブラムがエジプトにはいって行くと、エジプト人は、その女が非常に美しいのを見た。パロの高官たちが彼女を見て、パロに彼女を推賞したので、彼女はパロの宮廷に召し入れられた。パロは彼女のために、アブラムによくしてやり、それでアブラムは羊の群れ、牛の群れ、ろば、それに男女の奴隷、雌ろば、らくだを所有するようになった。しかし、主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけた。そこでパロはアブラムを呼び寄せて言った。「あなたは
ヨブ記講解(5) - ヨブの苦しみと心の痛み
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記3:13-26 きょうはヨブの心が痛んでいる姿を調べながら、まことの安らぎがない理由と聖霊に満たされている方法、恐れのない愛について伝えます。 人の口から出る言葉はいのちがある種のようなものです。ヨブのつぶやきと嘆きの言葉を調べながら、悪い言葉の無益さを悟り、いつも良い言葉、肯定的な言葉で美しい実を刈り取る聖徒の皆さんになりますように。 1. ヨブの苦しみと心の痛み 「今ごろ、私は安らかに横になり、眠って休み、自分たちのためにあの廃墟を築いたこの世の王 たち、また議官たち、あるいは黄金を持ち、自分の家を銀で満たした首長たちといっしょにいたこ とであろうに。それとも、私は、ひそかにおろされた流産の子のよう、光を見なかった嬰児のよう でなかったのか。」 (ヨブ3:13-16) ここで「首長たち」とは、地方の民を治める高官を意味し、「議官たち」とは、何かの問題につい て論議して、問題解決を助けることができる人々を言います。ヨブは、自分が世に生まれなかっ たならば、すでに死んでよみに行ったこの世の王たちや議官たちと一緒に
ヨブ記講解(4) - ヨブのつぶやきと嘆き
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記2:1-13, 3:1-12 きょうはヨブの2次試練と病気の原因、祝福と呪いに関する霊の世界の法則、そしてヨブのつ ぶやきと嘆きについて調べてみます。 サタンは人に訴えの種がなくなる時まで訴え続けます。ヨブは1次試練は通り抜けましたが、そ の内面には相変わらずサタンに訴えられるしかない真理と反対のものがありました。それで、サ タンはヨブを続けて訴えたし、公義の神様は霊の世界の法則によってそれを聞き入れるしかあり ませんでした。 ここで一つ心に留めておくべきことは、敵である悪魔・サタンは試みた後にしばらく離れたとし ても、相変わらず虎視耽々と機会を狙っているということです。 イエス様も四十日断食を終えた後、敵である悪魔から三度試みを受けられますが、三度とも 神様のみことばで退けられます。ところが、ルカ4章13節に「誘惑の手を尽くしたあとで、悪魔は しばらくの間イエスから離れた。」とあるように、悪魔はしばらくの間離れたとしても、また機会を うかがっているのです。 1. ヨブの2次試練 では、サタンがヨブをどのように訴
ヨブ記講解(3) - ヨブの1次試練
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記1:13-22 サタンは、ヨブが祝福されているから神様を恐れているので、ヨブの持ち物を打って くださいと訴えました。これに対し、神様はサタンに「では、彼のすべての持ち物をおま えの手に任せよう。」と言われ、ヨブのすべての持ち物をサタンの手に任せました。しかし、 「ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」と仰せられました。それから本格的にサタンの 試みが始まるのですが、この内容を調べてみましょう。 1. ヨブの1次試練 ある日、ヨブの長男の家で祝宴が催されました。ヨブの子どもたちがその家で食事をし たり、ぶどう酒を飲んだりしていたとき、しもべが使いとして来て、ヨブに告げます。シェ バ人が襲いかかり、牛とろばを奪って、働いていた若い者たちを剣の刃で打ち殺したとい うのです(ヨブ1:15)。 この知らせを伝えているしもべがまだ話している間に、他のひとりが走って来て、急報 を伝えます。今度は神の火が天から下り、羊と若い者たちを焼き尽くしてしまったという のでした(ヨブ1:16)。 ヨブのこのような災いは、今日でたとえれば
朝の学び98 創世記12章
創世記12:8-20 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがカランを出たときは、七十五歳であった。アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、カランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地にはいった。アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。そのころ、主がアブラムに現われ、そして「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。」と仰せられた。アブラムは自分に現われてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。彼はそこからベテルの東にある山のほうに移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のため、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。さて、この地にはききんがあったので、アブラムはエジプトのほうにしばらく滞在するために、下って行った。この地のききんは激しかったからである。彼はエジプトに近づき、そこにはい
朝の学び97 創世記12章
創世記12:4-7 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがカランを出たときは、七十五歳であった。アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、カランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地にはいった。アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。そのころ、主がアブラムに現われ、そして「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。」と仰せられた。アブラムは自分に現われてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。彼はそこからベテルの東にある山のほうに移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のため、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。 信仰の訓練をよく通過するには 前の時間には、アブラムが神様の召命を受け、信仰の父として立てられるための本格的な訓練が始まる過程をお話しました。信仰の父とは、文字通りすべて
朝の学び96 創世記12章
創世記12:1-3 その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」 アブラムの従順と祝福 アブラムは最初から従順の信仰を示してはいましたが、だからといって彼が完全なわけではありませんでした。彼がたとえ良い器として生まれ、良い環境の中で教育を受けながら成長したとしても、今、霊の人として完全に立つためには、これまで限られた肉の空間で学び会得された多くのものを、全部捨てなければならなかったのです。つまり、肉の環境によって入力された肉のものと、それによって出てくる肉の考えを、一つ一つ訓練を通して抜き出さなければならなかったのです。もちろん、アブラムに肉の考えが多かったり、肉のものが多く入力されていたわけではありません。しかし、彼に与えられた訓練は、
朝の学び95 創世記12章
創世記12:1-3その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」 はじめに 今日からは、創世記の講解を通して信仰の父であり、祝福の源となったアブラハムについて説明していきます。純粋な血統を受け継ぎ、正統の系図を通して生まれたアブラムが75歳で神から召された後、信仰の父として立てられるまでの過程が説明されます。もちろん、これからのタイトルの説教を通しても、アブラハム預言者をはじめ、エリヤ、モーセ、使徒パウロについて、彼らは果たしてどんな心を持っていたので、神からそのように大きな愛と恵みを受けることができたのか、その理由が説明されます。それとは別に、創世記の講解では、アブラハム預言者が信仰の父として立つまで瞬間、瞬間に経験しなければならなかっ
朝の学び94 創世記11-12章
創世記11:10-12:3 これはセムの歴史である。セムは百歳のとき、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。セムはアルパクシャデを生んで後、五百年生き、息子、娘たちを生んだ。アルパクシャデは三十五年生きて、シェラフを生んだ。アルパクシャデはシェラフを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。シェラフは三十年生きて、エベルを生んだ。シェラフはエベルを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。エベルは三十四年生きて、ペレグを生んだ。 エベルはペレグを生んで後、四百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。ペレグは三十年生きて、レウを生んだ。ペレグはレウを生んで後、二百九年生き、息子、娘たちを生んだ。レウは三十二年生きて、セルグを生んだ。レウはセルグを生んで後、二百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セルグは三十年生きて、ナホルを生んだ。セルグはナホルを生んで後、二百年生き、息子、娘たちを生んだ。ナホルは二十九年生きて、テラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生き、息子、娘たちを生んだ。テラは七十年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。
朝の学び93 創世記11-12章
創世記11:10-12:3 これはセムの歴史である。セムは百歳のとき、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。セムはアルパクシャデを生んで後、五百年生き、息子、娘たちを生んだ。アルパクシャデは三十五年生きて、シェラフを生んだ。アルパクシャデはシェラフを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。シェラフは三十年生きて、エベルを生んだ。シェラフはエベルを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。エベルは三十四年生きて、ペレグを生んだ。エベルはペレグを生んで後、四百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。ペレグは三十年生きて、レウを生んだ。 ペレグはレウを生んで後、二百九年生き、息子、娘たちを生んだ。レウは三十二年生きて、セルグを生んだ。レウはセルグを生んで後、二百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セルグは三十年生きて、ナホルを生んだ。セルグはナホルを生んで後、二百年生き、息子、娘たちを生んだ。ナホルは二十九年生きて、テラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生き、息子、娘たちを生んだ。テラは七十年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。
朝の学び92 創世記11章
創世記11:5-9 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。 三位一体の神様が自ら降臨される 続く7節を見ると、「さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」と言いましたが、これはこの地に降りてくる主体が一人ではないことが分かります。父なる神様が一人でこのことを成し遂げたのではなく、三位一体の神様が一緒に成し遂げた事を物語っています。太初に天地を創造するためにこの地に降りてくる時も、3人が一緒にいたように、この時も3
朝の学び91 創世記11章
創世記11:5-9 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。 はじめに 父なる神様は、初めに天地を創造するために、自らこの地に降りて来られました。霊の空間におられる神様が肉の空間であるこの地に降りて来られたのです。創世記1:2後半に、「やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」と言われた言葉は、その時の状況を示しています。そしてその後も人間耕作の歴史上の働きの中で神様が自らこの地に降臨された場面が聖書には何度も記録されています。 ...
朝の学び90 創世記11章
創世記11:4-9 そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。 バベルの塔 続く4節では、バベルの塔の建築を計画する意図がよく表れています。「そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」ところが、この言葉の中に込められているそれぞれの
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