朝の学び94 創世記11-12章
創世記11:10-12:3
これはセムの歴史である。セムは百歳のとき、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。セムはアルパクシャデを生んで後、五百年生き、息子、娘たちを生んだ。アルパクシャデは三十五年生きて、シェラフを生んだ。アルパクシャデはシェラフを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。シェラフは三十年生きて、エベルを生んだ。シェラフはエベルを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。エベルは三十四年生きて、ペレグを生んだ。
エベルはペレグを生んで後、四百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。ペレグは三十年生きて、レウを生んだ。ペレグはレウを生んで後、二百九年生き、息子、娘たちを生んだ。レウは三十二年生きて、セルグを生んだ。レウはセルグを生んで後、二百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セルグは三十年生きて、ナホルを生んだ。セルグはナホルを生んで後、二百年生き、息子、娘たちを生んだ。ナホルは二十九年生きて、テラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生き、息子、娘たちを生んだ。テラは七十年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。これはテラの歴史である。テラはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。ハランはその父テラの存命中、彼の生まれ故郷であるカルデヤ人のウルで死んだ。アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。サライは不妊の女で、子どもがなかった。テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。テラの一生は二百五年であった。テラはカランで死んだ。その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」創世記11:10-12:3これはセムの歴史である。セムは百歳のとき、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。セムはアルパクシャデを生んで後、五百年生き、息子、娘たちを生んだ。アルパクシャデは三十五年生きて、シェラフを生んだ。アルパクシャデはシェラフを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。シェラフは三十年生きて、エベルを生んだ。シェラフはエベルを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。エベルは三十四年生きて、ペレグを生んだ。
エベルはペレグを生んで後、四百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。ペレグは三十年生きて、レウを生んだ。ペレグはレウを生んで後、二百九年生き、息子、娘たちを生んだ。レウは三十二年生きて、セルグを生んだ。レウはセルグを生んで後、二百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セルグは三十年生きて、ナホルを生んだ。セルグはナホルを生んで後、二百年生き、息子、娘たちを生んだ。ナホルは二十九年生きて、テラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生き、息子、娘たちを生んだ。テラは七十年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。これはテラの歴史である。テラはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。ハランはその父テラの存命中、彼の生まれ故郷であるカルデヤ人のウルで死んだ。アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。サライは不妊の女で、子どもがなかった。テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。テラの一生は二百五年であった。テラはカランで死んだ。その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
バべルの塔の事件後の人間の寿命の短縮
ノア洪水の後、この世界は肉の法則に従ってすべてが運行されていましたが、バベルの塔の事件の後は、より完全に肉の法則に支配されるようになってしまいます。その結果、病気も多くなり、先天的な障害や弱い者も現れます。もちろんこのすべては、世の中がますます悪に染まり、その罪の結果として現れる現象でもありますが、バベルの塔の事件を契機に、それがさらに激しくなったということです。このような変化を最もよく表しているのが、人間の寿命の短縮です。
本文を見てみると、セム以降に寿命が少しずつ減ってはいるのですが、それでもエベルの代までは寿命が四百年をはるかに超えています。ところがぺレグの代からは寿命が二百年代に急速に下がります。エベルだけ見ても三十四歳でベレグを産んで後、四百三十年を生きたのです。つまり四百六十四歳を生きたのです。セムを見ると洪水以前の世代であったのですが、洪水後も五百年をさらに生き、総六百年を生きました。それに比べるとエベルの寿命は大幅に縮まりましたが、それでもかなり長い歳月を生きたと言えます。しかし、ベレクからは二百三十九歳、レウも二百三十九歳、セルグは二百三十歳を生きます。急に、平均寿命が200年以上減ったのです。
ところで、寿命が急に縮まったベレグは、どのような事件に関連して生まれた人物でしたか?創世記10:25を見ると、「エベルにはふたりの男の子が生まれ、ひとりの名はペレグであった。彼の時代に地が分けられたからである。もうひとりの兄弟の名はヨクタンであった。」とあるように、ペレグはまさに地が分けられた時、すなわちバベルの塔の事件があった時に生まれた人物です。これはつまり、バベルの塔の事件が、この地の人々の言語が混乱することによって、民族が分裂して分かれる決定的な契機になっただけでなく、人間の寿命にも大きな影響を与えるほど途方もない結果をもたらしたということです。また、このことは神様の怒りを買ったということも言えるでしょう。
したがって、バベルの塔の事件以後、この世界は肉の法則に完全に支配されるようになり、さまざまな病気や弱さが生まれ、また人々がより一層罪悪に関与し、人間の寿命の短縮にまで影響を与えるようになったのです。生きた霊であったアダムの犯罪以後、人が罪悪に染まって肉に落ちれば落ちるほど、人々の命もさらに短縮されてきたのです。しかし、逆に失った神様のかたちを取り戻していけば、それだけ人は年を取ってもむしろ健康になることができ、若返りして長生きすることができるという事です。
信仰の父アブラハムの誕生と成長
本文27節からはアブラムが生まれる具体的な背景が出てきます。本文を通して、私たちはアブラムがカルデヤのウルで生まれたことが分かりますが、ウルは古代メソポタミア文明の発祥地であるユーフラテス川下流の西岸に位置した古代シュメールの都市でした。ここウルで生まれ成長したアブラムは、そこで妻のサライを迎えましたが、サライは妊娠できないので、子供がいなかったのです。そんな中、アブラムの父テラはアブラムと孫のロトとアブラムの妻のサライを連れて、カルデヤのウルを離れてカナンの地に向かう途中、ハランという場所にたどり着きます。
では、アブラムはどのような背景で成長したのでしょうか?本文の系図からわかるように、アブラムが生まれた当時、セムをはじめとする彼の祖父たちは皆、生存していました。したがって、セムやエベルの場合は、アブラハムが死んだ後も生きていました。そのため、アブラムは生まれてから成長する間、直接洪水に見舞われたことをはじめ、多くの先祖から教えられる機会がありました。神様について学び、神様の御心と摂理についても、アブラムは先祖を通して学ぶことができました。このように、アブラムは神様を恐れ敬う雰囲気の中で成長し、神様に対する信仰と愛を育てていくことができました。
ところが、アブラムが生まれ故郷の父の家を離れなければならなかったときは、状況が以前とは少し変わったということをヨシュア24:2-3の言葉を通して知ることができます。「ヨシュアはすべての民に言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。『あなたがたの先祖たち、アブラハムの父で、ナホルの父でもあるテラは、昔、ユーフラテス川の向こうに住んでおり、ほかの神々に仕えていた。わたしは、あなたがたの先祖アブラハムを、ユーフラテス川の向こうから連れて来て、カナンの全土を歩かせ、彼の子孫を増し、彼にイサクを与えた。」ということから、アブラムの父テラが他の神々に仕えたことがわかります。
当時アブラムが生まれたカルデアのウルはもちろん、テラとその家族がカナンに向かう途中に住んでいたハランというところも、偶像崇拝が盛んであった所でした。そのような中でも、屈せず純粋な血統を守りながら神様を恐れてきたが、ある瞬間、アブラムの父テラであっても当時の雰囲気に浸ってしまいました。まさにこのような時点に至った時、神様はアブラムを故郷の親戚の父の家から一人で独立させたのです。アブラムまでも、そこの雰囲気に染まらないようにするためであると同時に、アブラムを信仰の父にするための本格的な訓練を始めたのです。
もちろん、これまでアブラムが育ってきた環境は、神様を恐れて仕える雰囲気の中で神様について学び、悟ることができましたが、それだけでアブラムが信仰の父になれたわけではありませんでした。これまでは、親と祖先の保護の中でそれなりに神様について学び、悟りながら訓練を受けたとすれば、これからは自ら神様が干渉しながら、アブラムを信仰の父として訓練していくのです。肉の父を離れ、広い世界の中で以前とは全く違う人生を生き、神様の手によって訓練されるのです。神は本格的な訓練の始まりとともに、アブラムに莫大な祝福の言葉を与えてくださいます。本文の創世記12章2-3節に、「そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」と言われました。
彼が将来どうなるのかをあらかじめおっしゃってくださったのであり、まさにその言葉を成し遂げようと訓練されたのです。もちろん、アブラハムは最初から神様のみことばにすぐ従順しましたが、神様が望む分量はその程度ではありませんでした。信仰の父という最高の水準に達するために、今後彼が体験しなければならない信仰と従順の訓練に比べれば、「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」という言葉は始まりに過ぎませんでした。信仰の父であるアブラハムが今後どのような信仰と従順の訓練を体験していくのか、次の時間に引き続き見ていきましょう。
結 論
旧約時代は行いや形式が重要な時でした。行いや形式を通して、神様に対する信仰と従順が表現されたのです。ところがこのように行いと形式自体も重要ですが、旧約時代といっても神様が本当に望んでいたのはその中に込められた心でした。神様が純粋な血統を維持する中で正統性をつなげ、それを重要に考えられたのも、神様の御心に従う心を望んだのです。
ところがイエス様がこの地に来られた時、人々はいざ重要な心には関心がなく、ひたすら外面的な面だけに関心を持っていました。自分たちは血統的に「アブラハムの子孫」という意識の中で、選民である自分たちと異邦人たちを徹底的に区分し、自分たちだけが救われた民だと思いました。イエス様はこのような考えで固まっていたユダヤ人たちに向かって、ヨハネ8:39を見ると、「彼らは答えて言った。「私たちの父はアブラハムです。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。」とおっしゃいました。アブラハムの子孫ならば、アブラハムが行った信仰と行いを見せろということです。形式や血統が重要なのではなく、どんな心で行っているのかが重要だという事です。
ですから、ローマ2:28-29を見てください。「外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。」と言っているのです。今日みことばを聞いた私たちも「私はこのような職分を持っていましたが…」「私はこのように長い間信仰生活をしました… 私はこんなに頑張っていますが…。」とこのように話す前に、「私は果たしてどんな心で行っていて、どれだけ心に割礼しているのか」を先に振り返ってみてください。それで、神様から褒められる皆さんになることを主の御名でお祈りします。



