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朝の学び93 創世記11-12章  

9月5日
読了時間: 10分

更新日:9月10日

創世記11:10-12:3

これはセムの歴史である。セムは百歳のとき、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。セムはアルパクシャデを生んで後、五百年生き、息子、娘たちを生んだ。アルパクシャデは三十五年生きて、シェラフを生んだ。アルパクシャデはシェラフを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。シェラフは三十年生きて、エベルを生んだ。シェラフはエベルを生んで後、四百三年生き、息子、娘たちを生んだ。エベルは三十四年生きて、ペレグを生んだ。エベルはペレグを生んで後、四百三十年生き、息子、娘たちを生んだ。ペレグは三十年生きて、レウを生んだ。

ペレグはレウを生んで後、二百九年生き、息子、娘たちを生んだ。レウは三十二年生きて、セルグを生んだ。レウはセルグを生んで後、二百七年生き、息子、娘たちを生んだ。セルグは三十年生きて、ナホルを生んだ。セルグはナホルを生んで後、二百年生き、息子、娘たちを生んだ。ナホルは二十九年生きて、テラを生んだ。ナホルはテラを生んで後、百十九年生き、息子、娘たちを生んだ。テラは七十年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。これはテラの歴史である。テラはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。ハランはその父テラの存命中、彼の生まれ故郷であるカルデヤ人のウルで死んだ。アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。サライは不妊の女で、子どもがなかった。テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。テラの一生は二百五年であった。テラはカランで死んだ。その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」




はじめに


愛する皆さん、本文の創世記11:10-26までは、セムから始まり、信仰の先祖アブラハムに至るまでの系図を示しています。洪水から9代目に至り、将来、信仰の先祖となるアブラムが生まれる過程を正統性の立場から記録しています。セムの様々の息子たちの中で、まさにアルパクシャデがセム家の純粋な正統性を受け継いだので、アルパクシャデの息子たちの中ではセラが受け継いで、このように純粋な正統性を受け継いだ息子たちを通してついにアブラムが生まれたのです。

神様は信仰の先祖アブラハムが、このように洪水後ノアの正統性を受け継いだセムの系図を通して、それも純粋な血統に従う正統性が維持される中で生まれるようにしたのです。神様はこのように、セムの系図が純粋に維持されるように徹底的に守り、保存することで将来、選民として選ばれることになるイスラエル民族を備えられたという事です。もちろん、セムだけでなく、ハムやヤペテの場合にもそれぞれ彼らだけの正統性を持った系図が続き、彼らも将来民族から国へと発展していきます。また、このように正統性を受け継いでいない人たちも、それなりに繁栄し集団を形成していきます。

本文に出てくる系図には入っていませんが、彼ら以外にも多くの息子と娘がいて、彼らはたとえ純粋な血統を継ぐことはできなくても、人間耕作の歴史を作っていく重要な構成要素に成長することになるのです。セムの純粋な血統を受け継いで出てくる選民イスラエル民族だけでなく、将来イスラエル民族との関係の中で道具として使われる周辺の多くの民族も、一つ一つ形成されていったのです。ところで、セムの純粋な血統が記録された今日の本文の中には一つの重要な事件が隠されていますが、果たして何でしょうか。

純粋な血統を維持できなかった子孫カイナン


当時の家門の純粋な血統を維持し、正統性を継続するのは、大部分長男の役目でした。しかし、長男がその分をうまく出来なかったときは、他の息子たちの中で正統性を続けた場合もあります。本文と同じ内容を記録している第一歴代誌1:24-27ルカ3:34-36に見ると、1つの違いが見られますが、第一歴代誌1:24-27では「セム、アルパクシャデ、シェラフ、エベル、ペレグ、レウ、セルグ、ナホル、テラ、アブラム、すなわちアブラハム。」とあり、本文と系図が正確に一致しています。

ルカ3:34-36では、「ヤコブの子、イサクの子、アブラハムの子、テラの子、ナホルの子、セルグの子、レウの子、ペレグの子、エベルの子、サラの子(シェラフ)、カイナンの子、アルパクサデの子、セムの子、ノアの子、ラメクの子、」と記されています。皆さんが詳しく比較してみると分かるように、ルカの福音書ではサラとアルパクサデの間に「カイナン」という人物がもう一人入っています。おそらく以前にも聖書を読んで、これらの違いを見つけた人もいると思います。確かに同じ内容を記録しておいたにもかかわらず、創世記や第一歴代誌にはない人物の名前が何故ルカの福音書にだけ入っているのでしょうか。

それで聖書学者たちもこれについて多くの研究をし、その中で多くの人がルカによる福音書の記録が間違っていると主張するようになりました。つまり、筆写する者が聖書を移して記録する過程でミスがあったということです。 あるいは、もともとカイナンという人物がいたのですが、どういう理由でかわかりませんが、その名前が系図から削除されたと主張する人もいます。韓国で言えば系図から名前が消されたということです。それでは、果たしてカイナンについての真実は何でしょうか?まず、わたしと皆さんは、聖書のすべての記録が真であり、たとえ聖書の中で互いに記録の違いがあるとしても、聖書の著者である神様がそれを許されたのには明らかな理由があるという事実を信じなければなりません。 

今日の本文とルカによる福音書の記録に違いがあるのも、まさにこのような理由の一つです。ある人々の主張のように、聖書を記録する過程で人の間違いがあったり、聖書の内容が互いに矛盾するのではなく、神様はこのように違いのある内容を通して当時あった重要な一つの事件に対して隠しておられたという事です。神様の側では人間耕作の働きの中で、今後誰かが神様と明らかに交わりをし、神様から啓示を受け取ることができる人を通して、まさにこの部分に隠された秘密を教えたかったのです。このように違いが出る部分についても、人の考えの中で解くのではなく、神様のみことばである聖書を完全に信じて祈ることで、その中に込められた神様の御心と摂理を解くことができる人を待っていたということです。

それでは、神様が教えてくださった重要な事件というのは何でしょうか。実際にカイナンという人物はいました。彼はセムの正統性を受け継ぎ、純粋な血統を受け継いでいくように選ばれた人でした。ところが、カイナンはまさにこの役割をまともに果たせなかったのです。カイナンは性質が柔弱な人で、肉の考えが多い人でした。神はセムの血統を受け継いだ純粋な系図が維持されることを望み、その系図を通してアブラムが生まれることを望んでおられました。それで、セムからアブラムにつながる系図が純粋に保たれるように守られ、保護されました。もちろん、この地に救い主として来られるイエス様に至るまでのすべての過程も、神様の徹底した干渉と摂理の中に行われます。

「誰の子孫として生まれるのか、なぜそれほど重要なのでしょうか。」と考えることもできますが、それはすなわち人間耕作の歴史が偶然や勝手に動くのではなく、すべてが神様の計画の中で始まり、終えられるという事から非常に重要な意味を持っています。アダムの犯罪の後、この世界は敵である悪魔サタンの主管の下に置かれているため、敵である悪魔サタンは肉の人々を主管し、自分たちが望むように世界を導いていこうとします。このような中で神様の御心と摂理を成し遂げるためには、神様の御心を正確に受けて広げていく人物が必要です。

ところが、このように神様の御心の中で使われる人物一人が出てくることは、容易になるわけではなく、それだけ長い歳月を経て準備されなければなりません。そのためには、悪が蔓延したこの世の中で、それでも神様の御心を知って従順する純粋な正統性を持った人々が必要です。ノアという一人の人物が存在するまで、神様は彼の古くからの先祖から主管し、神様の御心が続くようにしたので、洪水の裁きの中でも生き残って人間耕作を続けるノアが出てきたように、神様の御心を純粋に続けるためには、純粋な血統を通した正統性を保存することも非常に重要だということです。それで、神様の方でも正統性を重視し、純粋な血統が続くようにしたのです。

このような事実をよく知っていたアブラハムは、息子のイサクの妻をさがすときに異邦人の中でさがしたのではなく、彼の信頼する僕を故郷に送り、自分の民族の中でさがすようにしたのを見ることができます。ところが、セムの純粋な血統を受け継いで生まれたカイナンは、このような神様の御心を悟らないまま、少し違った考えをしていました。「とにかくみんなが一人の祖父であるノアの子孫であり、ノアの三人の息子から広がってきたので、自分たちはみんなが一つの民族だ」と考えたのです。あえて「誰の子孫だ」と問い詰め、純粋な血統を受け継いでいくことはあまり意味がないと考えたのです。

結局、カイナンは純粋な血統を維持できないまま、他の兄弟の子孫と混ざり合い、一つに融和し、正統性を失ってしまいました。これは当時の状況で非常に大きな衝撃でした。系図の純粋さを受け継ぐ義務を持つ長子として、このように正統性に正面から挑戦する姿は、彼をこれ以上純粋な血統を受け継ぐ資格にとどまることが出来ないようにしたのです。結局、カイナンはセムの純粋な血統を受け継いだ正統の系図から抜け落ちてしまいます。彼が特に悪事や大きな罪を犯したからではなく、正統性の流れから完全に抜け出した人物だったため、正統の系図から名前が抜けてしまったのです。創世記や歴代誌にも、このような理由で彼の名前は記録されなかったのです。

バベルの塔の建築に参加したセムの子孫ベレク


ところが、後にセムの子孫であるベレクの代に至り、外形的には似たような状況が再び再現されます。それは、セムとハムとヤペテの子孫たちが「全地に散らばるのを避けよう」と連合して立てたバベルの塔の事件でした。バベルの塔の建築を主導したハムの子孫たちは、神様に対抗しようとする本音は隠したまま、表面的には三つの種族が一つになろうという意味で、バベルの塔の建築を推進するように話したのです。この時、セムの子孫たちは以前、先祖カイナンが正統性を無視してすべてを一つに混ぜようとしたが、系図から名前が除外される事件があったことを知っていたにもかかわらず、このようなバベルの塔の建築に参加しました。

しかし、セムの子孫たちが三つの種族がひとつになるためのバベルの塔の建築に参加するようになったのは、本質的にカイナンが持っていた考えとは違いました。カイナンは血統と血統とを混ぜて結局一つの民族を作ろうとしたのですが、バベルの塔の建築に参加したセムの子孫たちは単に「セムの子孫であれ、ハムの子孫であれ、ヤペテの子孫であれ、自分たちはみんなが一つの先祖から生まれた」ことを記念する意味で、バベルの塔の建築に参加したのです。すでにバベルの塔の事件について説明したように、バベルの塔の建築を通して自分たちが力で主導し、セムとハムとヤペテの子孫を一つにまとめようとしたハムの子孫とは異なり、セムやヤペテの子孫は単にバベルの塔を通して、自分たちが根本一つのルーツであったことを忘れずに記念しようという意図で、バベルの塔の建築に参加することになったのです。しかし、それぞれの子孫がバベルの塔の建築にどのような目的で参加したとしても、それは神様の御心には合わないことであったので、バベルの塔の事件は再び人間耕作の働きにおいて大きな転機となります。

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