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ヨブ記講解52 - 悪者と神を敬わない者の結果(1-下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記20:6~11 続く本文を読むとツォファルはヨブ記20:6-7で言っています。 「たとい彼の高ぶりが天まで上り、その頭が雲まで及んでも、彼は自分の糞のようにとこしに滅びる。彼を見たことのある者たちは言う。彼はどこにいるのかと。」(ヨブ20:6-7) たとえ彼の高ぶりが天まで上りその頭が雲まで及んでもと言っています。これは悪者と神を敬わない者の権力と栄華が世に現れて、名が輝くことを言っています。それでその高ぶりが天まで上る。このように表現を使うのですね。悪者と神を敬わない者の権力また栄華が、そのように高いと言っているのです。しかし彼らの権力と栄華がいくら輝いても、結局は醜くて臭くなる糞のように排泄物のように、何の使い道もなくなるということです。悪を積む人の結果は排泄物よりも劣って、はずかしめられ見捨てられ永遠に滅びて消え去るから、以前彼を知っていた人々も彼はどこにいるのかと、聞くようになるだろうと言っています。 これは彼の功績が全部なくなって、彼の良いところを忘れられたからです。また彼を思い出すならば、その悪
ヨブ記講解52 - 悪者と神を敬わない者の結果(1-上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記20:4~5 皆さん、前回にヨブは自分の苦しみがあまりにもひどいと言いながら、神様と友達を恨んでいました。そしてもうすぐ自分は死ぬけれど、神様の前に立つ、その時は他の人の目を通してではなく、自分の目で見ることができると言いました。しかしすぐその時のことを考えたら不安になって、切羽詰まって息苦しいほどだと、自分の心境を言っています。これは今、ヨブが神様の前に反抗して恨んでいる姿が後ろめたいからです。それでも少し良心がある姿です。過去神様を恐れていた姿とは違って、今ヨブは自分の言うことも行っていることも完全でないことを感じながら、神様の前に堂々と立てないのです。 聖書では私たちが救われたからといって、皆主を見るのではなく、資格を備えてこそ見られると言っています。ヘブル12:14に「すべての人との平和を追い求め、また聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。」と、その資格について正確に書いてあります。救われて天国に行ったとしても、この地上で人間耕作を受けているとき、全ての人との平
ヨブ記講解51 - 心あせってはならない(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:28~20:3 ヨブ記19:28です。 「もし、あなたがたが、事の原因を私のうちに見つけて、『彼をどのようにして追いつめようか』と言うなら、」(ヨブ19:28) この中には二重の意味が込められています。本文でヨブはもしあなたがたがという表現を使って仮定して説明しています。そしてことの原因を私のうちに見つけて、彼をどのようにして追い詰めようかというならと言っています。ここであなたがたとは友達を指しているようですが、実は神様を指しています。今友達はどうすればヨブを追い詰めようかと互いに話をしながら、ヨブを負かすために続けて言葉で追いやっています。これまでヨブの友達は、ヨブが味わっている苦しみの原因はヨブにあると言い張っていました。ヨブがこんなに試練にあっている理由は、ヨブの悪にあると主張していました。しかしヨブはその話を聞かなかったのです。神様が自分を打ったからこのことの原因は神様にあると言いながら反問していました。 つまり、ヨブの友達はすべての過ちをヨブに原因があると責めていて、ヨブは神様に原因があると責
ヨブ記講解51 - 心あせってはならない(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:23~27 皆さん前回はヨブが自分の苦しみを神様のせいにしながら、友達にも自分を憐れんで欲しいと願っている姿を見ました。しかし、こういう場合人間的な慰めは何の役にも立たないので、真理で悟して相手の魂が幸いを得るようにしなければなりません。ヨブは自分が痩せ衰えている理由も神様のせいにして友達のせいにしていますが、自分で自分を削っているのです。もしヨブの心が正しくて綿毛のように柔和で友達の話を受け入れたなら、やつれるはずがなかったでしょう。しかし相手の話を受け入れない人も問題ですが、彼に続けて指摘して苦しめている人も正しくないと伝えました。 ところで大切なのはこのようなメッセージを聞いて、自分自身を発見して変えられなければならないということです。元老牧師先生はヨブ記講解を伝えながら、これはとても大切だと何度も言われました。私たちがメッセージを聞いて自分を発見して悪と真理と反対のものを捨てるほど魂に幸いを得て、そう魂に幸いを得ているように、衣、食、住を初めいろんな祝福を受けるからです。 ですから皆さん自分自身
ヨブ記講解50 - 肉の人と御霊の人(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:20~22 続くヨブ記19:20です。 私の骨は皮と肉とにくっついてしまい、私はただ歯の皮だけでのがれた。(ヨブ19:20) ヨブは皮と骨がくっつくほどとてもやつれて衰弱していました。皆さんがヨブの身になって考えてみてください。ヨブ記7:3に「私にはむなしい月々が割り当てられ、苦しみの夜が定められている。」と言っていました。1日2日でもなく数ヶ月も苦しんでいたし、ずっとストレスを受けていたから物を食べても消化できないし、だんだんやつれるしかないでしょう。友達は言葉で攻撃して、妻は自分を見捨てて親戚も離れてしまい、しもべたちもヨブを無視しているから、その寂しさと心の苦痛はどうだったでしょうか。それに全身はひどい皮膚病で、傷口が固まってはまた崩れることを繰り返されていて、血が出て醜くかったのです。ですから全身がやつれて骨が皮にくっついてしまいました。残っているのは歯の皮だけだと言っています。それで話すことはできました。このように惨めな目にあったヨブは友達に次のようにお願いします。 ヨブ記19:21です。...
ヨブ記講解50 - 肉の人と御霊の人(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:17~19 愛する皆さん、前回は肉と霊の価値について伝えました。肉は変わってしまい本物ではないので肉の信仰を霊の信仰に変えなければなりません。肉の愛を捨てて霊の愛を所有しなければならないと言いました。肉の信仰は形式的な信仰生活はできます。礼拝に出席したり祈ったり奉仕をすることはできます。しかし神様が望んでおられる霊の信仰は心の割礼をすることです。しかし肉の信仰のままならば心の割礼はしないで、ただうわべだけで熱心なだけで、口では神様愛していますと言いますが、それは本物の信仰ではありません。神様は私たちを愛してくださるから、そのような肉の信仰のままではいけないから、試練に遭うようにして信仰が成長するように霊の信仰を持つようにしてくださるのです。そして試練に遭うのは自分の心にある悪や罪が原因の場合が多いです。 自分の利益を求めて自分の欲や私心によって試練に遭った時それを神様のせいにしたり、守ってくださらなかったことについて不満を持ってはいけません。自分が肉の信仰のままで心の割礼をしていないから、そのような苦しみ
ヨブ記講解49 - 肉と霊の価値(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:12~16 続くヨブ記19:12です。 その軍勢は一つとなって進んで来、私に向かって彼らの道を築き上げ、私の天幕の回りに陣を敷く。(ヨブ9:12) ここで軍勢とは実際の兵士たちを言うのではありません。ヨブの友達を意味しています。友達がヨブをどれほど苦しめたなら、軍隊と表現するでしょうか。友達がヨブを強い口調で咎めて、言い争っている姿をヨブは、軍勢が一つになって進んでくると例えていました。たとえば人々が非常に気が強い人を表現する時、誰々は虎のようだ、ライオンのようだと言うでしょう。そして私に向かって彼らの道を築き上げとあります。これはどういう意味でしょうか?築き上げるとは土や石などを積み上げて建造物を完成させることですが、これはいい意味で言っているのではありません。ヨブは友達を咎めるために、違う意味で今言っているのです。 皆さんいつ友達が来て、ヨブのために道を築き上げましたか?そんなことはないでしょう。ここで軍勢が一つになって進んで来、彼らの道を築き上げるとは、友達がそれまでヨブにこれは間違っている、あれ
ヨブ記講解49 - 肉と霊の価値(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:8~11 前回、ヨブが友達に、神様が自分を捕まえるために網を仕掛けて、その中に閉じ込めて、屈服させたと言いました。神様が無理やり屈服させたと言いながら、相変わらず不幸の原因を神様のせいにしていました。神様とヨブの間に、真の信頼と愛の関係が築かれていなかったから、誤解して呟いているのです。またヨブは、いくら叫んでも答えがないし、自分があった悔しい目に対して弁護してくれる人がいないと言いながら訴えていました。しかし、私たちが祈っても答えがなく問題が解決されない理由は、罪の壁があるからだと言いました。誰でも罪の壁を壊して、立ち返って御言葉に従うなら、神様は全ての罪を許してくださるだけでなく、答えて祝福をくださるのです。 それで、癒されて答えを受けた方々の証を聞いてみれば共通点があります。病気にかかった時、問題にぶつかった時、ある方は病院に行って薬をもらって飲んだのですが、良くならなかったのです。その時、これまで聞いたこの聖めの福音を思い出して、自分を顧みて、罪の壁を壊すために悔い改めた後、祈りを受けたら癒された
ヨブ記講解48 - ヨブの反論(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:6~7 続く本文でヨブは、自分が不幸になった原因を神様のせいだと言っています。ヨブ記19:6です。 いま知れ。「神が私を迷わせ、神の網で私を取り囲まれた」ことを。(ヨブ19:6) ここで神が私を迷わせるとは、自分の意思とは関係なく、心が乱れてよくない方向へ行くようにされているという意味です。つまり神様が自分を低くして屈服させたから、こんなに迷い出てしまったのだと言っています。神様のせいで私はこんな目にあっているのだ。だから私は無気力に負けているのだと言って、神様を恨んでいるのです。私たちは神様の前に、聞き従っていかなければなりません。しかし嫌々ながら屈服させられて、義務感からしているのではないでしょう。今ヨブはそんな風に言っているのです。 私たちは神様を愛して、神様を恐れかしこみ、私のために、救ってくださり、天国を作ってくださった神様、私の霊の父である神様だから、心から愛して喜んで聞き従わなければならないのです。そのような子供を神様は望んでおられます。それでヨブがそのように変えられるように、招いておられ
ヨブ記講解48 - ヨブの反論(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記19:1~5 みなさん、前回はヨブの友達ビルダデが、ヨブに向かって呪う言葉の中から、悪の極みを感じました。ヨブ記18章の全体が、ビルダデのヨブに対する呪い、責める言葉がいっぱいでした。悪い人はいくら素晴らしい表現を使っても、良い言葉を口にしようとしても、悪が結局は現れます。聖書を読むと悪い言葉と良い言葉の実がよく対比されているところがあります。 ナバルとその妻アビガイルの場合です。ダビデがサウル王から逃れて逃亡生活をしていたときでした。ダビデは一緒にいた人々が飢えていて渇いている姿を見て、近くの金持ちのナバルに助けを求めました。ダビデの一行は以前ナバルの羊の群れを守ってあげたことがありました。しかしナバルはダビデが自分を低くして助けを求めても、とても侮辱的な言葉でダビデを罵って卑しめました。そして怒ったダビデは武装した400人を連れてナバルを殺すためにその家に向かいました。 これをナバルの妻アビガイルが聞きました。善で聡明だったアビガイルは急いでパンと葡萄酒といろいろな食物、贈り物を用意してロバに乗せてダビデ
ヨブ記講解(47) - 悪の極み(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:16~21 これまでヨブに向かって、あらゆる呪いの言葉を言っていたビルダデは、今は木を例えて言い切っています。ヨブ記18:16-17です。 「下ではその根が枯れ、上ではその枝がしなびる。彼についての記憶は地から消え失せ、彼の名はちまたから消える」(ヨブ18:16-17) 木は根が枯れると死ぬしかないでしょう。そして枝がしなびるならどうなるでしょうか?これは完全な死、すべてが消え失すことを意味します。そして彼についての記憶は地から消え失せとあります。その人には何も残らない、人々に覚えられるようなこともなくなるということです。それで人々の間でヨブの名前も呼ばれることもなくなり、ヨブについて言及することもなくなって、すべてが徹底的に滅びてしまうという意味です。ヨブはこれだけ呪われるほどの悪い人ではないのに、友達はあまりにも厳しく呪っています。 みなさん、たとえ相手が悪い人でもその人を呪うことがあってはいけません。何としてでもその人の良いところを見つけて褒めてあげて、その人も善を感じて善の中に入るように道を
ヨブ記講解(47) - 悪の極み(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:14~15 皆さん、前回はシュアハ人ビルダデが、ヨブに向かって厳しく呪う言葉を一つ一つ調べてみて、私たちの言葉がどれほど重要なのか伝えました。ヨブはまだ御霊の人ではなかったので、友達から責められ呪われた時、とても心が苦しくなりました。だからヨブも友達に向かって悪い言葉で言い返して、互いに自分が正しいと言い争っていたので、感情的になって、だんだん悪に悪を加えていきました。もしヨブと友達が御霊の人だったなら、どのように対応したでしょうか? 相手が罵っても殴っても感謝しながらその相手のために祈っていたでしょう。あの人が私をこんなに苦しめるから、私は言ってもいないことを言ったと言いながら、ぬれ衣を着せるから、私は言い返しをしなくても、あまりにもそのため傷ついてしまいました。それで祈りたくなくなって悲しくなりました、というならそれは悪いことではないと思いますか?いいえ、それも自分を愛する姿で、相手を憎んでいる心があるから、そんな反応が出てくるのです。 悪い人が悪を行うとき、それによって自分が被害を受けるとき、もち
ヨブ記講解(46) - 自ら罠をつくらないように(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:11~13 「恐怖が回りから彼を脅かし、彼の足を追い立てる。彼の精力は飢え、わざわいが彼をつまずかせようとしている」(ヨブ18:11-12) ビルダデはヨブ18:2で「いつあなたがたは、その話にけりをつけるのか。まず悟れ」と友達に言ったのですが、いざとなると自分の口ではこのように、ものすごい災いと呪いの言葉を言い放っているから、どれほど矛盾なことで悪いことでしょうか。ここで彼の精力は飢えとあります。ここで精力とは、ヨブが過去に味わっていた富と財産 、名誉、知恵を言います。そして飢えるとは飢饉による飢えでなくて、ヨブの子供たちがみな死んで、すべての富と名誉など、今まで積んでおいたものが崩れてしまったことを意味します。 つまりヨブの自尊心、高ぶりなど、ヨブの角が全部引き抜かれたことです。過ぎ去ったことです。ヨブ、自分の姿を見てみなさい。あなたが積んだものは全部壊されてしまった。あなたの力もなくなった。災いがあなたを待っているだけだと言っています。これまでヨブに悪性の腫物などどんな苦しみがあったのかを表現しなが
ヨブ記講解(46)-自ら罠をつくらないように(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:8~10 皆さん、前回ヨブ記18章では、しばらく友達とヨブの話を聞いていたシュアハ人ビルダデがもう一度話しました。ビルダデはヨブと友達が言い争っていることをやめさせるふりをしながら、自分がもっと喋るようになります。ヨブには「怒って自分自身を引き裂くものよと責めながら、あなたが踏んでいる地でも、あなたが怒るとき驚くだろうか?あなたがいくら怒っても、固い岩をどうすることもできないだろう。」と嘲笑いました。まるで火事が起きた家の火を消そうと入ってきて、煽るようなことです。人が心に怒りがこみ上げてくると、ヨブのように自分自身を引き裂くようになるし、そしてビルダデがヨブにしたように、相手をもっと怒らせて、互いに互いを引き裂く結果を生みだします。ですから私たちはただ善をもって、悪に打ち勝たなければならないと伝えました。 神様がヨブ記講解を通して、人の悪の属性を一つ一つ教えてくださるのは、私たちが自分自身を発見して、変えられるのを望んでおられるからです。ですからメッセージを聞きながら、ひょっとしてヨブやヨブの友達のよ
ヨブ記講解(45)-自分自身を引き裂く者にならないように(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:5~7 ビルダデはヨブにこう言います。ヨブ記18:5-6です。 「悪者どもの光は消え、その火の炎も輝かない。彼の天幕のうちでは、光は暗くなり、彼を照らすともしびも消える。」(ヨブ18:5-6) ともしびやロウソクの光が消えると輝かなくなります。ところでここで悪者の光は消えるということは、ヨブのように悪い人の希望がなくなるということを言っています。そして、ともしびも消えるということは、ヨブが積んでおいたすべてのことが、友達の目には悪いことだったから輝かないし、ことごとく消えてしまうと呪っているのです。 ビルダデがこのように厳しくヨブを呪ってあざけっていることは、普段からヨブを妬む心があったからです。過去のヨブの生き方を見てみると、ヨブは自分で誇るくらい正しい行いをして、徳を高めようとしていました。ヨブ記4:3-4です。エリファズはヨブにこう言いました。「見よ。あなたは多くの人を訓戒し、弱った手を力づけた。あなたのことばはつまずく者を起こし、くずおれるひざをしっかり立たせた。」ということを見ると、ヨブが徳を
ヨブ記講解(45) - 自分自身を引き裂く者にならないように(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記18:1~4 皆さん、前回ヨブは自分の体は影のようだと言いながら、自分の人生が虚しいと訴えました。ところで、その姿から自分の信仰を顧みるべきだと言いました。真の信仰と希望がなければ、苦しみと試練の中で虚しさを感じて苦しみます。このように言う人もいます。「これまでの自分の人生が全部虚しいものだった」と、教会に通っていて主のために忠実だったことが、虚しいという人がいます。 それは問題でしょう。私たちは天国に全部積まなければならないのに、そうしなかったのではありませんか。自分なりに忠実にした、忠実に仕えたつもりでも、試練にあったりすると疲れたとか辛いとか、今まで自分がやってきたことが虚しいと言いながら、損をしたと思いながら今までの信仰を否定してしまうならば、今のヨブのような姿ではありませんか。 自分が信じる主が実像ではなくて、影のようになってしまったからです。主に出会った時は実体である主に出会いました。しかし自分が移り変わってしまうから、自分が御言葉通りに生きていないから自分というものが死なないで、自分を主張しているか
ヨブ記講解(44) - 影のようなヨブの身の上(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記17:10~16 ヨブ記17:10-11です。 「だが、あなたがたはみな、帰って来るがよい。私はあなた方の中にひとりの知恵のある者も見いだすまい。私の日は過ぎ去り、私の企て、私の心に抱いたことも破れ去った。」(ヨブ17:10-11) ここでヨブが友達に、あなた方はみな帰って来るがよいと言っています。これは実際帰ってから戻ってきなさいという意味ではありません。あなた方は今まで言ったことを、全部振り返ってみなさいと言っています。あなた方の言っていることは正しいのか、真実なのか反省してみなさいと言っています。 そして友達の中には知恵のある者はいないと言っています。友達の中で誰も自分を悟らせてくれないし、何の役にも立たないと言っています。だからヨブは自分の日は過ぎ去って、自分が企て自分の心に抱いたことも全部破れ去ったと言っています。つまり神様が自分から御顔を背けられたから苦しみに遭っているけれど、自分ではこの問題が解決できないし、友達の中でも自分を助ける知恵のある人はいないから、だんだん死の道に行くしかないと言っています
ヨブ記講解(44) - 影のようなヨブの身の上(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記17:6~9 皆さん、前回はヨブが神様を悪い神様を裁くだけでなく、友達を完全に無視して、友達の子供達まで呪う姿がありました。このようなヨブの姿を見ると、なぜ試練に遭っているのか、なぜ試練が終わらないのかがわかるでしょう。ところで大切なのは、このようなヨブの姿から自分自身を発見して、変えられるきっかけにすることです。 鏡を見て自分の顔に汚物がついているのを見たのに、洗わない人がいるでしょうか。本当に聖くなりたいと思うなら、必ず鏡を見る前と後の顔が変わらなければなりません。同じように皆さんが神様の御言葉を聞いて恵みを受けたなら、自分の欠けているところを発見して、善と愛で満たす行いが必要です。 これまでヨブと友達の話を調べてみて、真理と真理と反対のものを見分けて、神様の御心が何か伝えました。ところでこのメッセージを聞いて恵みを受けたとしても、皆さんの現実では変わったところがなく、相変わらず自分の心に合わないことがあれば、言い争ったりするなら何の役に立つでしょうか。これは鏡を見て、自分の顔に汚物がついているのを知って
ヨブ記講解(43) - ヨブの自己主張(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記17:1~17:5 私の霊は乱れ、私の日は尽き、私のものは墓場だけ。(ヨブ17:1) それで本文ヨブ記17:1で「私の霊は乱れ、私の日は尽き、私のものは墓場だけ。」と言っているのです。ヨブは挫折して苦しみながら、だんだん疲れていきました。それで自暴自棄になって自分の霊は乱れたと言っています。そしてヨブが本当に今すぐ死ぬような危ないところにいるという意味ではありません。絶望していて心が疲れてしまったからこんなふうに私のものは墓場だけだと言っています。自分の考えの中で全てがおしまいだと思っているのです。立ち返ることもできないし、死だけが待っているんだと絶望しているのです。人生のどん底に落ちたと思っています。 皆さんの中でいろんな大きい問題にぶつかったとき、こんなふうに自暴自棄になって絶望したことはありませんか。信仰生活をするときも、こんなふうに否定的な告白をする人がいますが、なおさなければなりません。聖められるために変えられるために一生懸命罪と戦っていたのに、ある時から疲れてしまってへたり込んでしまうこともあります。
ヨブ記講解(43) - ヨブの自己主張(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記16:16-22 皆さん、前回は自分の角を捨てようというメッセージで、自尊心というものがどれほど無益なものなのか伝えました。イソップの寓話を見ると自分の美しい角を誇っていて、弱い足を恥ずかしく思っていた鹿の話があります。ある日ライオンがこの鹿を追いかけてくると、鹿は細い長い足で素早く逃げることができました。しかし普段とても誇りに思っていた角が枝に引っかかってしまって、結局ライオンの餌食になってしまいました。 このように人にも名誉、権力、お金、外見など誇るような角があるかもしれません。しかしこのようなものが高ぶりを生み、不幸をもたらすこともあります。しかし自分が短所だと思っていたことによって、低くなって発展することもあります。ですから心の中にある、いらない自尊心の角、高ぶりの角を捨てて、神様が喜ばれる謙遜な人にならなければならないでしょう。 神様が聖書で、ヨブの話をこのように具体的に記すようにされたのは、私たちの中にある罪の性質を発見して捨てて、聖められるように望んでおられるからです。ですから今日もメッセージ
ヨブ記講解(42) - 自分の角を捨てよう(下)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記16:12~15 私は荒布をはだに縫いつけ、私の角をちりの中に突き刺した(ヨブ16:15) 神様がヨブを打ち破って、破れに破れを加え、ヨブの肌は荒布を縫いつけたような状態になったと言っています。これは荒布をまとっているという意味ではなくて、皮膚病によって肌がめちゃくちゃになっている姿を言っています。今、自分の体はこんなふうに満身創痍になっていると言っています。 普通、生地は糸が細くて柔らかいもの、また色が美しいほど高いものです。折り目が荒いものとか粗末なものなら、それは良いものではないでしょう。きめ細やかで柔らかい糸で、きちんと折られているものが高いのです。そして、幾つかの布を重ね合わせて縫い付けたものよりは、一枚で折ったものがもっと高いでしょう。貧しい人は新しい服を買うお金がないから、服に穴が空いたりすれば破けたりすると、古い布でそこに重ね合わせたり、布切れを重ね合わせたりするのではありませんか。 ヨブは今自分の体がそんな状態になっていると表現しているのです。ヨブは荒布を肌に縫い付けたと言っています。荒布は
ヨブ記講解(42) - 自分の角を捨てよう(上)
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記16:12~15 愛する聖徒の皆さん、前回、ヨブは友達が自分を卑しめて立ち向かっていると言いながらそれも、神様がそのようにしむけられたと神様のせいにしていました。自分に過ちがあるのではないか探そうとしないで、神様と友達のせいにしているから、更に辛くなって試練は終わりません。ヨブは真理を正確に知っていなかったし、神様を見つけた体験もなかったので、すべてのことで神様を裁いていました。 しかし私たちは真理を聞いてよく知っています。神様の恵みも体験したのですべての問題の原因を自分から見つけて、速やかに神様の恵みを回復しなければなりません。たとえ問題の原因が人にある場合があっても、その解決の鍵は私たちが神様の御言葉に聞き従うことにあります。ですからすべてのことについて感謝しなさいという御言葉に聞き従って、感謝の祈りを捧げますように。 それを神様が喜ばれ、すべてのことを働かせて益としてくださるでしょう。敵をも愛しなさいと言われました。そしてその御言葉に聞き従うなら神様が働いてくださるのです。それが神様が望んでおられる子供で
ヨブ記講解(41) - 原因を自分の中から見つけよう
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記16:10~11 前回に続き、すべての問題の原因を自分の中から見つけて、悔い改めて立ち返るとき、すみやかに神様の恵みを回復することができるということを伝えます。 1. 劣等感から友だちと神様を誤解するヨブ 「彼らは私に向かって口を大きくあけ、そしって私の頬を打ち、相集まって私を攻める。」(ヨブ16:10) ここで「彼ら」とは、ヨブの友だちを指しています。友だちが自分に向かって「口を大きくあけるとは、否定的な表現です。今まで友だちの言葉がヨブを慰めるのではなく、かえって悩ませて傷つけたからです。 友だちが「自分をそしった」と表現したのも、これまで彼らがヨブを攻撃して傷つけるような激しい言葉を口にしたからです。そして、友だちが実際にヨブの頬を打ったのではなく、ヨブは友だちの話を聞いて侮辱されたようだったし、苦しみが極みに達したので、頬を打たれたように感じたということです。 まだヨブは、今の低くなった姿ではなく、昔、栄えていた時のことを考えています。前は友だちが自分を尊敬して仕えてくれていたのに、今は自分を侮って、
ヨブ記講解(40) - 人のせいにするのはやめよう
説教:イ・スジン牧師 本文:ヨブ記16:7~9 きょうは、すべての問題の原因が自分にあることを悟って、神様のみことばから答えを見つけなければならないことを伝えます。 1. すべてを神様のせいにするヨブ 「まことに神は今、私を疲れさせた。あなたは私の仲間の者をことごとく荒らされました。」(ヨブ16:7) ヨブは自分が疲れたのも、友だちが荒らされたのも、すべて神様がそうなさったのだと言っています。 「疲れる」とは、辞書では「体力や気力を消耗してその働きが衰える。くたびれる。」という意味ですが、霊的には心の元気がなくなった状態をいいます。その時、悔い改めて回復しなければ、もっとひどくなって、何もできない無気力な状態、意欲が失われた状態にまでなります。 信仰生活をしている人の中でも、試練や患難に会ったら、それを解決するためにあらゆる努力をしてみて、解決されなければ、疲れてしまう人がいます。忠実に奉仕する意欲も、伝道する意欲も、祈る意欲もなくなって、悩み、焦り、不安に捕われるのです。この状態がさらにひどくなると、生きる意欲さえなくなってしまいます。.
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