朝の学び38 創世記4章
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「さて、カインは、その妻を知った。彼女はみごもり、エノクを産んだ。カインは町を建て ていたので、自分の子の名にちなんで、その町にエノクという名をつけた。エノクにはイラ デが生まれた。イラデにはメフヤエルが生まれ、メフヤエルにはメトシャエルが生まれ、メ トシャエルにはレメクが生まれた。レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダ、他 のひとりの名はツィラであった。アダはヤバルを産んだ。ヤバルは天幕に住む者、家畜を飼 う者の先祖となった。その弟の名はユバルであった。彼は立琴と笛を巧みに奏するすべての 者の先祖となった。ツィラもまた、トバル・カインを産んだ。彼は青銅と鉄のあらゆる用具 の鍛冶屋であった。トバル・カインの妹は、ナアマであった。 創世記 4:17-23
カインは弟を殺したことで、「地上をさまよい歩くさすらい人」となる懲らしめを受けまし た。これまで親と一緒に暮らしていた所を離れて、慣れない荒れた地に行かなければならな くなったのです。
カインの新しい定着地であるノデの地は、アダムとエバがいる所からそんなに遠くないと ころでした。そこは不毛の地だったので、いくら耕しても作物をたくさん得ることはできな い地でした。「あなたがその土地を耕しても、土地はもはや、あなたのためにその力を生じ ない。」という呪いがそのまま臨んだのです。
カインは「町」を建てた
本文[17 節]からは、このようなカインが新しい環境でどう暮らしていったのかが出てきま す。「さて、カインは、その妻を知った。彼女はみごもり、エノクを産んだ。カインは町を 建てていたので、自分の子の名にちなんで、その町にエノクという名をつけた。」とあります。
このみことばを通して、私たちは当時のカインの知恵と知識の水準がわかります。まさにカ インは「町」を建てていた、とあるのです。カインが建てた町の規模は非常に雄大と言うほ どだったのではありません。それでもカインが「町」と呼べるほどのものを建てたということは、それほどの知恵と知識があったことを知らせてくれます。
カインは父のアダムから多くの知識と技術を教えてもらいました。アダムはエデンの園に 住んでいたとき、すでに非常に水準の高い文明を味わっていました。アダムはこの地上に降 りてきた後、子どもたちに自分の知識を伝えました。その結果、この地上でもある程度の時 間が流れると「文明」と言えるほどのものができました。
もちろん、エデンの園に比べては、その水準が非常に劣っていました。けれども、私たちが 覚えておくことは、人類文明の初期に人類の先祖が未開人のように生きていたのではない、 ということです。カインは新しい定着地に町を建てて、その町にエノクという名をつけまし た。この「エノク」はカインの息子です。[創世記 5 章]にある、死を見ることなく移された エノクとは違う人物です。
カインの子孫の系図
次の本文 18 節から 22 節までに、カインの子孫の系図があります。ところで、実際、この カインの子孫は「神の選民」という範疇に入りません。神の選民はアブラハム、イサク、ヤ コブにつながり、ヤコブの十二人の息子を通して形成されました。言いかえれば、アブラハ ムはカインの子孫でなく、アダムのほかの息子であるセツの子孫です。したがって、カイン の子孫は人間耕作の舞台で主人公ではなく、周辺人物のような役割をしたのです。また、カ インの系図はノアの洪水の時に終わりました。当時ノアとその家族だけが生き残りました が、ノアもやはりセツの子孫だからです。
それでは、神はなぜこのようにそれほど重要でないカインの系図を聖書に記しておかれた のでしょうか? 聖書には意味のない記述は一つもありません。カインの系図に載せられ た人々は、今から六千年前から約五千年前に生きていた実在の人物です。彼らの名前が正確 に聖書に記されていることは、聖書がまことであることを証明しています。それで、多くの 考古学者も研究をしたり、ある地域を探査および発掘する時に、必ず聖書を参考にするそう です。
私たちはカインの系図を通して、神がカインに約束されたことを守られたこともわかりま す。神はカインに「だれもカインを殺すことのないように」と約束されました。その約束が 成就されたので、カインは子々孫々代をつなぐことができました。カインの系図は人類学的 にも重要な事実を知らせてくれます。人類初期に人々がどのように広がって、文明はどのよ うに発達したかを知らせてくれるのです。
[18 節]に「エノクにはイラデが生まれた。イラデにはメフヤエルが生まれ、メフヤエルに はメトシャエルが生まれ、メトシャエルにはレメクが生まれた。」とあります。ここにはカ インの 1 代目から 5 代目までの名が出ています。彼らはおもに長子だったり、代を継いだ 息子でした。したがって、聖書に記述はないけれど、はるかに多くの子孫がいたことを覚え ておかなければなりません。人類初期には、人々が今より子どもをはるかにたくさん生みま した。それで、人口が非常に早く増えました。そのうちある時点から、人口が増えるスピー ドがさらに加速化されました。
本文[19 節]がその時点を知らせてくれます。「レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名 はアダ、他のひとりの名はツィラであった。とあります。その前までは、ひとりの男にひと りの妻がいたけれど、「レメク」はふたりの妻をめとりました。その結果、子孫も倍に得ら れたのです。これが人口が増えるスピードをさらに速くした重要な要因でした。
文明の進歩-技術の発達・業種の特性化
続く本文[20-22 節]には、「レメク」がこのふたりの妻から得た息子について、比較的詳し い説明が付け加えられています。「アダはヤバルを産んだ。ヤバルは天幕に住む者、家畜を 飼う者の先祖となった。その弟の名はユバルであった。彼は立琴と笛を巧みに奏するすべて の者の先祖となった。 ツィラもまた、トバル・カインを産んだ。彼は青銅と鉄のあらゆる 用具の鍛冶屋であった。トバル・カインの妹は、ナアマであった。」とあります。
これによって、私たちはレメクの代を基点に、人類の文明が以前と違う次元に大いに発達し たことがわかります。アダムは子孫に多くの知識と知恵を伝えましたが、初期文明は自然状 態のものをそのまま利用する水準でした。歳月が流れるにつれて、人々は自然のものを加工 する技術を身に着けるようになりました。小さい技術一つ一つが積み上げられて、また集まって、より良い技術に発展していきました。
そのうちレメクの代に至ると、人類文明史に一線を画するほど、技術が発達しました。その 一つの例が、まさに[22 節]にあるとおり、青銅と鉄のあらゆる用具を作るようになったこ とです。これは当時、すでに青銅や鉄のような鉱物資源を採取して、加工できたことを示し てくれます。
それまでは木や石を削って磨いて、道具を作っただけです。しかし、今は青銅や鉄で道具は もちろん、さまざまな用具まで作れるようになったのです。アダムから 6 代目になったと き、人類はこれぐらいの文明を作り上げたのです。
レメクの息子ヤバルー牧畜業者
この時期の文明の特徴の一つは、業種が特性化されたということです。本文[20 節]に、レ メクの息子ヤバルは家畜を飼う者の先祖となった、とあります。すなわち、専門の牧畜業者 が生まれました。
レメクの息子ユバルー芸能人
次に、ユバルという子は「立琴と笛を巧みに奏するすべての者の先祖となった。」とありま す。簡単に言って、「芸能人」が現れたのです。これは、その当時の人々の間に一種の「遊 興文化」があったことを表しています。また、人々の暮らしが遊興を楽しむほど安定したこ とを示しています。人が食べて生きるのに汲々としている時は、遊興を楽しむほどの余裕が ありません。それでも最も基本的な衣食住が解決されてこそ、心の余裕ができます。ところ で、レメクの息子の代から、人々は音楽を楽しんで活用し始めました。以前とは違う水準の 文化が形成されたのです。
レメクの息子トバル・カインー鍛冶屋
技術職の分野にも、専門家が現れました。まさにレメクのほかの息子トバル・カインは、青 銅と鉄のあらゆる用具の鍛冶屋でした。これは、カインの 5 代目が生きていた時代が鉄器 時代だったことを知らせてくれます。
