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朝の学び32(創世記講解) 創世記4章

  • 1 日前
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しかし、カインは弟アベルに話しかけた。『野に行こうではないか。』そして、ふたりが野に いたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。 創世記 4:8


アベルに話しかけるカインの心


本文[8 節の前半]に「しかし、カインは弟アベルに話しかけた。『野に行こうではないか。』」 とあります。 これは、カインが自分の心にあるわだかまりをアベルにぶつけようとしたと いうことです。 自分がアベルにどんな感情を持っているのか、また、なぜそうなったのか を口に出したという意味です。 それによって弟のアベルをとてもつらくさせたのです。


言いかえれば、「お前が気にくわない。 お前のせいで腹が立って、神様に諭された。」 こ う言って、心の苦しみをいだかせたということです。 神がカインに怒りを鎮めて、これ 以上罪を犯さないようにと言われましたが、カインは悪を治めたのではなく、かえってもっ と大きくしていきました。 はなはだしくは、神のお勧めのことばも聞かなかったのです。 時間が過ぎるにつれて悪い感情はつのりました。


罪の属性


カインも父のアダムから真理を学んで、自分がそうしてはいけないことを知っていました。 それで、自分の感情を治めてみようとしたが、制することができなかったのです。むしろだ んだん悔しさが積まれていき、やがて悪い行動に出てくるしかないところにまで至りました。


罪の属性とはこうです。心に悪が植えられるとき、すぐ引き抜かないと、直ちに大きくなっ て心を従えます。敵である悪魔・サタンに操られて、自分で心を制することができなくなり ます。「こうしてはいけないのに・・・」と思っても、罪の奴隷になってしまうのです。


したがって、こういう段階に至る前に、「これは罪だ。神様が喜ばれない」と悟ったとき、 すぐ立ち返なければなりません。 これは人の力だけではできないのです。 父なる神が下 さる恵みによって強くされて、また聖霊に助けられなければなりません 。したがって、い つも目を覚まして祈らなければなりません。


カインの綿密な計画


続く[8 節の後半]を見ると、「そして、ふたりが野にいたとき、カインは弟アベルに襲いか かり、彼を殺した。」とあります。 人類最初の殺人事件が起こりました。それも即興的に 起きた事ではなかったのです。 カインが常々心にいだいていた恨みを、時を狙って行動に 移したという点で、この罪が本当に大きいと言えるのです。


さらにカインは神からお勧めのことばを聞いたのに、それを無視して、罪が自分を恋い慕っ ているのに治められず、罪を犯してしまいました。 これは、すでにその心に悪がどれほど 多く植えられていたのかを表しています。「そして、ふたりが野にいたとき、」という表現か ら見ると、カインが弟とたったふたりで人里離れたところにいる時を待っていたことがわ かります。 すでに弟を殺す心をいだいて、適当な機会を狙っていました。 カインは緻密に殺人計画を企んだのです。このように同じ殺人でも、わざと人を打って殺し た場合は、その罪をもっと重く思うのです。


律法による定め


人が悪意をもってわざと誰かを害すれば、その罪について必ず報いを受けるようになりま す。 [民数記 35 章]のモーセの律法にも、わざと人を殺した場合、すなわち、殺人をした 場合、「殺人者は必ず殺さなければならない」とあります。


もし、人が憎しみをもって人を突くか、あるいは悪意をもって人に物を投げつけて死なせる なら、あるいは、敵意をもって人を手で打って死なせるなら、その打った者は必ず殺されな ければならない。彼は殺人者である。その血の復讐をする者は、彼と出会ったときに、その 殺人者を殺してもよい。 民数記 35:20-21


一方、何の敵意もないのに誤って、あるいは偶然に人を殺した人には、生きる道を開いてや りました。 あちこちに「のがれの町」を置き、そこに逃れるようにしました。


犯罪の動機と刑罰の重さ


今日、法廷でも、こういう部分はある程度考慮して、判決を下します。 たとえふたりが同 じ罪を犯しても、犯罪の動機によって刑罰の重さが変わります。 偶発的だったのか、計画 的だったのか。 悪意をもってわざとしたのか、生計のためにやむを得ずしたのか。 罪を 犯した理由によって判決が変わってくるのです。


私たちの父なる神は人の子らの心の底まで見抜いておられます。 誰かが罪を犯したな ら、信仰が弱くて一瞬罪の誘惑に落ちたのか、でなければ、悪意をもってわざと不従順にな ったのか、熱心にみことばどおり生きてきたのに一度倒れたのか、あるいはいつも不従順で あったのか、各人のすべてを考慮してさばかれます。


心にあるわだかまりが現れるとき


わざと相手を困らせたり害を与える行動はしなくても、誰かが気に障ったことがあったり、 わだかまりを持っていてそれを解かないでいるなら、いつかはそれが突然出てくることが あります。二つの例を挙げてみます。


第一の状況


まずは、相手がほめられる時です。誰かがほめられると、喜ぶことが真理 です。しかし、その人が以前、気に障ったことがあったり、わだかまりを持っている相手な ら、喜べないのです。 「あの人は私には良くしてくれなかったのに、目上の方にだけ良く してほめられているんだ」と、もっと気に障るようになります。 まるで自分が悔しいこと にあったように、他の人に相手の欠点を知らせて、相手を引き降ろそうとします。


ですが、このように相手を引き降ろすからといって、自分が高くなるでしょうか? 仮に 人々の前では自分のほうが高くなっても、どうして神の御目を欺くことができるでしょう か。 人の心にあるすべての悪は神の御前に一つ一つ現れるようになります。 まして心 にあった悪を計画を立てて行動に移したなら、どうして神がご存じないでしょうか。


第二の状況


わだかまりをもっていた相手が何か間違ったことをして、窮地に追い込 まれたり、他の人に非難される時です。 この時、まるで待っていたかのように、一緒に非 難する人がいます。 「私はあの人がそうなるとずっと前から知っていた。もともとそんな 人だ。」 このように過去の自分の感情を加えるのです。 これは以前、その人について持 っていた悪い感情をいまだに持っていたという証拠です。


「悪はどんな悪でも避けなさい」


神は、敵をも愛しなさいと言われ、 怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。 エペソ 4:26


だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさ い。 ローマ人への手紙 12:17


ところが、悪い感情を解かないで心に持っていて、時を狙って悪行で報いるなら、どれほど 大きい悪なのか知らなければなりません。 [第一ヨハネ 3:15 の前半]に「兄弟を憎む者はみな、人殺しです。」とあります。 それなのに、一度だけ憎んだのではなく、憎しみを積みに積んで、また積むなら、これはど れほど多くの殺人を行なったことでしょうか。


それによって祈りに答えられないでいて、祝福が遮られていて、試練や患難がやって来たの に、悟れないこともあります。 恨みや悔しさなどの悪い感情が心にたまりにたまった結果、 大きい病気になることもあります。


肉の人は、悪をもって悪に報いてこそすっきりすると思うかもしれませんが、決してそうで はありません。 悪をもって悪に報いることはもちろん、悪をいだいていることだけでも、 自分自身にとって大きい害になるということを本当に悟らなければなりません。


相手は自分に悪を行なったとしても、自分の方からはかえって善をもって報いることが神 のみこころです。 そうする時、相手も生かせて、自分も生きることができて、神に受け入 れられる良いことを実践することができます。


私たちは、もっと正しい行ないを慕い、「悪はどんな悪でも避けなさい」というみことば に込められているみこころ、すなわち、父なる神に受け入れられる良いことは何かを悟って 行うことができますように。

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