朝の学び31(創世記講解)創世記4章
- 1 日前
- 読了時間: 6分
そこで、主は、カインに仰せられた。『なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せている のか。あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なって いないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。』 創世記 4 章 6-7
問題の根本原因
カインは、弟のささげ物にだけ主が目を留められると、そねみ、ねたみ、怒りが起こりました。 さらにその心の悪が表に現れ、顔を伏せました。神はカインの心からこのように悪が動き出し、 表に現れ始める姿を全部見ておられました。それで諭されました。「なぜ、あなたは憤っている のか。なぜ、顔を伏せているのか。」
当時、カインは神に恨めしい心をいだいていました。心は悪い感情で煮えくり返り、顔を伏せた のです。それに神がお勧めのことばを言われるから、さらに顔が上げられなかったのです。それ で、神は「あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。」と言われました。
ここで「あなたが正しく行なったのであれば、」とは「あなたがみことばに従って、神が願われ るいけにえをささげたなら、」という意味です。カインがアベルのようにしたなら、神の御前に 堂々としていられるでしょう。しかし、カインは自分が正しく行わなかったことは忘れていまし た。むしろ神が自分とアベルを差別待遇されると恨めしく思いました。それで、神は問題の根本 原因をカインに悟らせてくださったのです。
霊的な光と闇
神のことばは正しいものです。神が何々を「しなさい、してはならない、捨てなさい、守りなさ い」と命じられたなら、そのみことばには、神が良いと見られる意味が込められています。した がって、私たちがこの事実を信じて、みことばどおり行なえば、自然に正しいことを行なうよう になります。また、このように正しいことを行なう人は、霊的に光の中にとどまるようになります。
反対に、悪を行なう人は、霊的に闇の中にとどまります。今、本文のカインも、みことばに聞き 従わなかった状態です。霊的に闇が彼に宿りました。ですから、自然に光である神の御前に受け 入れられなかったのです。光と闇は決して一緒にいることはできません。
悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。 ヨハネの福音書 3:20
カインを諭される神のことば
神はカインが今でも悔い改めて、闇にこれ以上深く染まらないことを願われました。それで、カ インに続けて次のように告げられました。「ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪 は戸口で待ち伏せして、」ここで「戸口」とは「真理の戸口、救いの戸口、天国の戸口」を意味 します。そして「罪は戸口で待ち伏せして」というみことばは「罪ゆえにその『戸口』を越えることができなくなって通れない」という意味です。
神はカインに諭されました。「カインよ、あなたが正しいことを行なわず、悪を行なえば、真理 の中にとどまることができなくなる。また『罪』が成立して、霊の世界の法に従って、救いでなく死に至るようになる。言いかえれば、天国の戸口を通れなくなる。」
「あなたが罪を治めるべきである。」
続けて神は多少強い口調で言われました。「罪はあなたを恋い慕っている。だが、あなたは、そ れを治めるべきである。」ここで「罪がカインを恋い慕っている」とは、まさにアベルへの憎し みとそねみ、ねたみを行ないとして現したい心を意味します。
人はおなかがすけば、空腹を満たすために食べ物を探します。このように誰かを憎んで、そねん でねたむなら、その相手に害を加えようとします。相手を見るとき、とげとげしい目で見ます。 言葉も優しくなくなり、口調も無愛想です。さらに相手を非難したりさげすんだりして、その人 の存在価値を引き下ろそうとします。ひどい場合は、直接的に傷害を負わせたり、相手が損害を こうむるように策略を立てたりします。
良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜな ら人の口は、心に満ちているものを話すからです。 ルカ福音書 6:45
今カインも、アベルをそねみ、ねたんで、悪い行ないを表に現そうとしています。神はこのよう なカインの心を知っておられ、再び勧められたのです。「カインよ、罪があなたを治めたがって いる。負けてはいけない。あなたが罪を治めるべきである。」
肉の欲に打ち克つ方法
私達は、罪を十分に治めなければなりません。罪を犯したがる「肉の欲」に負けてはいけません。
ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。もし肉 に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを 殺すなら、あなたがたは生きるのです。神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。 8:12-14 ローマ人への手紙
このみことばのように、肉の欲に勝てなくて肉に従って生きるなら、死ぬのです。「肉の思いは 死である」というみことばもあります。反対に、御霊によってからだの行ないを殺すなら、生きるのです。まことのいのち、永遠のいのちを得るようになります。
皆さんは聖霊を受けた神の子どもなので、十分に肉の欲を治めることができます。人の意志と努 力だけでは難しいけれど、私たちのうちにおられる聖霊に助けられれば、簡単にできます。祈って聖霊に満たされると、自分では勝てなかった悪い感情に勝てます。
したがって、いつも切実な心で聖霊に助けられることを求めますように。聖霊に満たされること を慕いますように。絶えず祈ることによって「神の御霊に導かれて」、罪とかかわりのない御霊 の子どもになりますよう。
私達を助ける聖霊の働き
カインは、父なる神から何回かの勧めのおことばを聞いたにもかかわらず、結局、罪を治めるこ とができなかったのです。神は今日も、ご自身の子どもたちに「真理に従いなさい」「兄弟を憎 んではならない」「惑わされないように」「正しいことを行ないなさい」といつも語っておられます。まさに聖霊の働きです。
しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御 霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなた がたに示すからです。 ヨハネの福音書 16:13
父なる神は罪と悪がはびこっているこの世を生きていく子どもたちを捨てて、孤児にはなさい ません。助け主聖霊を子どもたちの心に遣わされて、彼らの弱さを助けるようにされました。私 達が真理から外れて倒れる時は、御霊がうめかれ、父に祈り求めます。反対に、私達が真理を行 なう時は、聖霊も喜ばれるので、心に喜びと幸せが臨みます。父なる神は人間耕作の歴史の間、 このようにいつも人の子らを愛をもって見守って養われておられます。
