朝の学び24(創世記講解)創世記3章
- 2 日前
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神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。 創世記 3:21
皮の衣-十字架の贖いの奥義(神の裁きと憐み)
アダムとエバの目が開かれたとき最初に芽生えたのは羞恥心でした。彼らは自分たちの裸 を覆うために「いちじくの葉」をつづり合わせて、自分たちの腰の覆いを作りました。(創 世記 3:7)それは人が自らの罪や罪悪感を覆うためのあらゆる努力を象徴しています。
羞恥心と罪悪感を覆い隠そうとするすべての営み思想、哲学、宗教など、人間が自分たちで 作ったもの、すなわちいちじくの葉のような人間的な努力では、人は神の御前に立つことは できません。それは、一時的には満足し役立つかのように見える「いちじくの葉」のような ものです。
なぜなら、いちじくの葉は夕方には枯れてしまい、役立たなくなってしまうからです。神が 人に与えた皮の衣は、日が昇ると枯れてしまうような一時的な衣ではなかったのです。皮の 衣を作るためには動物を屠って血を流す必要があります。
それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。 また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。 へブル人への手紙 9:22
いのちの代価である血によって罪が覆われるということが「罪の赦し」です。神がアダムと エバに与えた衣は、血を流すことによって作られた「皮の衣」でした。これは、こののち 4000 年後に成就するキリストの十字架の贖いを予表しているのです。神が御子イエスを十字架 に架け裁かれ、私たちの罪を覆って下さることを示しています。
「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。 彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」 創世記 3:15
アダムは神さまのさばきの中にも、神さまによる救いを信じることができました。いのちへ の希望を抱くことができたのです。それはアダムが、「女の子孫から救い主が生まれ、その 子孫が蛇の頭を踏み砕く」という、神さまのみことばの約束を信じることが出来たからです。 それで「人は妻の名をエバと呼んだ。彼女が、生きるものすべての母」となる祝福に預かっ たことを知ったからです。「ここにいのちがある」と知ったのです。神さまのさばきの中に も祝福の約束があることを知ったからです。
皮の衣-神の愛のしるし
父なる神はアダムとエバをこの地上に行かせる前、彼らに皮の衣を作って着せられました。 彼らが自分たちが裸であることを恥かしく思ったので、父なる神はその恥を覆ってくださ いました。これは皮の衣を作って着せられた肉的な意味であり、このように行われたことに は、霊的な意味も込められています。
皮の衣はまず、神の愛を表しています。父なる神は、これから地球に降りて行って生きるア ダムとエバを非常に痛ましく思われました。彼らのため心が痛かったのです。それで、彼らを憐れむ父の愛の表現として、皮の衣を作って着せられたのです。
地球の環境はエデンの園と全く異なり、又地球の土地も今や呪われ、彼らが罪を犯す前とも 変化しました。父なる神は、彼らがそんなに変わってしまった土地で受ける衝撃と直接体験 する苦しみがどんなものかご存じでした。それで、皮の衣を作って着せられ、からだを守る ようにされたのです。
皮の衣-救いのひも
皮の衣は、次に「救いのひも」を意味します。皮の衣は神とこのふたりの間をつないでくれる救いのひもでした。父なる神が彼らを捨てないで、最後まで手放さないという意味が込め られています。それで、アダムとエバにとって皮の衣は恵みのひもであり、救いのひもでした。
アダムとエバがこの地上に降りてきてからは、神と以前のように交わることはできなくな りました。罪を犯す前は、まるで神と顔と顔とを合わせたように話すことができました。彼 らを構成する霊、たましい、からだの中で霊が主体だったので、霊であられる神とも明らか に交わったのです。
罪を犯した後は、たましいが主体になりましたが、神との交わりが完全に断たれたのではあ りませんでした。霊の気運が一気に全部抜け出たのではなく、徐々に抜け出たからです。霊 の気運が残っている分は、神と交わることができたのです。
アダムとエバの悔い改めと救い
アダムとエバは、この地上に追い出された後も、時々神と交わりました。しかし、時間が流 れるほど、その頻度は減りました。父なる神はこうなることを知っておられ、アダムとエバ に皮の衣を作って着せられました。
アダムとエバが本格的に人間耕作を受けると、善悪の知識の木から取って食べたことがど れほど大きい罪なのか、心の奥底から悟るようになります。善悪を知るようになるほど、自 分たちが犯した罪の深刻性を感じるようになるのです。 あんなに愛してくださった神のお言葉に逆らい、戒めを無視したことを後悔して気を落と すたびに、彼らは神が作ってくださった衣を思い出し、神の愛を再び覚えるのです。
「神が作ってくださった皮の衣」まさにこの愛のしるし、救いのひもがあったので、アダム とエバはこの地上の暮らしに耐えられたのです。そして自分たちの罪を悔い改めて、結局救 いに至ることができました。
