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朝の学び89 創世記11章

9月5日
読了時間: 9分

創世記11:1-9

さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青を用いた。そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。




はじめに


愛する聖徒の皆さん、今日の歴史学者や人類学者をはじめ、数多くの人々が気になっていることの一つが、まさに「人類の起源はどこからであり、数多くの人種や民族はどのように分かれて今に至るようになったのか?」ということです。これに対する解答を創世記9章、10章を通して説明しました。しかし、それに劣らず人々がとても疑問に思うことの一つは、言語についてです。つまり、「今日、人類が使用しているこの多くの言語の最初の始まりはどこであり、どのようにして分かれてきたのか? 」ということです。

この質問に対しても聖書は明確な答えを与えています。また、多くの人々が想像や伝説の中にだけ存在すると考えているバベルの塔についても、聖書は明らかな事実として記録しています。 そして、なぜバベルの塔に神様の呪いが臨んだのかも皆さんに知ってほしいのです。今日の本文の創世記11:1-9に、これらの疑問に対する答えがよく示されています。それでは、これから神様のみことばである聖書を通して、言語の起源と分裂、そしてバベルの塔について見てみましょう。

言語の起源と分裂


まず、1節「全地は一つのことば、一つの話しことばであった。」とあります。つまり、これから説明するバベルの塔の事件がおこるまで、この地に住むすべての人々は、一つの言語体系を持っていたという事実です。「口音」とは、文字通り口から出る音を意味しますが、ここで口音が一つだということは、簡単に言えば、当時の人々の言葉が一様に同じだったという意味です。また次に言語とは、このように口から出た音が人々の間の意思伝達の手段として体系を整えるようになったことを言いますが、このような言語が一つだということは、言語の形態や内容が同じだという意味です。

この言葉の意味をより理解するためには、現在の韓国の状況を見ればいいです。韓国は一つの民族で構成された国で、言葉の発音や言語の形と内容が同じであるのを見ることができます。もちろん、韓国の中でも地域によっては若干の違いがあることがわかります。その地方だけの方言や言葉が生まれながら、それなりの言語的特色を帯びるようになるのです。しかし、それにしても韓国人同士は、一つの口音と一つの言語を持つ民族として、いくらでもコミュニケーションが可能なことがわかります。

まさにバベルの塔の事件以前までの状況がこのようでした。土地全体の口音と言語が一つだったので、当時、この地に住む人々は、ノアの三人の息子のうち誰から始まった種族なのかに関係なく、誰でもお互いの間で意思疎通が可能でした。しかし、洪水の後、3代、4代という歳月が経ち、地域によって人々が使う言語に若干の変化が生じるようになったのです。そうすると、皆さん一つ気になることがあります。「果たして当時、人々の間で使われていた一つの言語はどんなものだったのだろうか?」ということです。ノアの洪水が起こるまではもちろん、洪水後もバベルの塔の事件をきっかけに言語が混雑するまで、人々の間で使われていた一つの共通した言語、皆さんはそれがどんな言語だったと思いますか?それはエデンの園で話されていた言語でした。

アダムとエバがこの地に追い出される前にエデンの園に住んでいる間に使った言語です。アダムとエバは、この地に降りてきて暮らすようになった後も、エデンの園で使われていた言語をそのまま使っていたので、彼の子孫も自然にこの言語を使うようになったのです。この地に人間耕作が始まってからも、エデンの園の人々がこの地に降りてきたときに大きな拒否感を持たないことができた理由の一つは、まさにこのように互いに使う言語が同じだったからです。     


一般的に、人々が他の国に行ったとき、そこに適応する上で最も大きな障害になるのがコミュニケーションの問題ですが、当時この地で使われていた言語がエデンの園で使う言語と同じだったため、この地に降りてきたエデンの園の人々はあまり難しくなく適応することができたということです。そのため、創世記6:2に出てくる神の子ら、つまりエデンの園の男性たちが人の娘たち、つまりこの地の女性たちを妻として、この地に定住して暮らすこともできたのですし、エデンの園の発達した文明と知識もこの地に伝わることができたわけです。

知識や文明が伝授されるためには、お互いの意思疎通が必須な要素ですが、一つの言語を使ったのでそれが可能だったのです。それで、当時、この地の人々の技術や知識では成し遂げられなかった発達した文明がこの地に生まれることができました。アダムから伝授された技術や知識もありましたが、これにエデン園の人々から伝授された内容が加わり、今の技術や知識でも解けない高度に発達した文明が存在することができたのです。このすべてが可能だった理由が、当時、この地の言語がエデンの園で使われる言語だったからということです。     


しかし、このように最初は一つで始まった言語だったとしても、歳月が経つにつれて最初と同じになるわけではありません。生育して繁栄して地に満ちていくにつれて、人々は互いの間でますます遠く離れていき、そうするほど言語も少しずつ変質し始めました。先ほど申し上げたように、口音と言語は一つですが、地域的な特性や環境によってそれなりの言語的特色が生まれたのです。そうするうちに洪水によってこの地に8人だけが残るようになった時は、その瞬間にでも言語が統一されるようでしたが、その時はすでに最初にアダムとエバがこの地に降りてきたときに使っていた言語とは大きく変質した状態でした。

そして洪水の後、人々が広がっていくと、言語は再び少しずつ変質し始め、ついにバベルの塔の事件によって言語が混雑してしまうと、最初にこの地で使われていたエデンの園の言語は、もはや痕跡が残っていなくなります。人々が根本の肉の属性に戻るにつれて使用する言語においても肉の属性に戻る現象が現れ、それから霊の世界であるエデンの園で使用する言語もこの地で消滅してしまったのです。そのため、バベルの塔の事件以降は、第2の天のエデン園の言語と第1の天であるこの地の言語がまったく変わり、これ以上お互いの間で通用できなくなりました。これである程度疑問が解けたと思いますが、言語については7節でもう一度説明されます。

バベルの塔


続く2節を見ると「そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。」とあります。ここでシヌアルの地はバビロン地方を指しているので、ダニエル1:1-2によれば、「ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した。主がユダの王エホヤキムと神の宮の器具の一部とを彼の手に渡されたので、彼はそれをシヌアルの地にある彼の神の宮に持ち帰り、その器具を彼の神の宝物倉に納めた。」とあり、シヌアルの地がバビロン王国当時にその領土内だったことを物語っています。今のイラク領土の中にある土地です。

ところで、創世記10:10を見ると、このシヌアルの土地がまさにそのハムの子孫の根拠となっていることがわかります。「彼(ハムの子孫であるニムロデ)の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。」ハムの子孫たちはまさにここシヌアルの平地を根源地として、彼らの領土と勢力を育てていったのです。したがって、2節「そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。」ということは、まさにハムの子孫についての御言葉であることがわかります。

ところが、続く3節「彼らは互いに言った。『さあ、れんがを作ってよく焼こう。』彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青を用いた。」と言いました。では、ここで互いに言ったのは誰と誰がお互いに話したことでしょうか?それはセムとハムとヤペテの家族が互いに集まって会話したという意味です。当時はノアの三人の息子から広がった子孫がまだ本格的に広がっていったわけでもなかったので、今日のように広く広がっていた状態でもなかったし、種族間の交流もありました。

そのような状況で、シヌアルの平地に住んでいたハムの子孫は、ある目的で他の種族、つまりセムとヤペテの子孫を自分たちが居住するシヌアルの地に集めさせました。ニムロデという特出した人物の登場により、ますます勢力が大きくなっていたハムの子孫たちは、自分たちの計画を成し遂げるために、セムとヤペテの子孫たちも一緒に参加する集まりを主管していったのです。

それでは、ハムの子孫はなぜここのシヌアルの地に他の種族まで集めたのでしょうか?彼らは、自分たちの先祖が父親であるノアから呪いを受けた後、ずっと呪われた種族という劣等意識を持って生きなければなりませんでした。それでもっと力と勢力を育てようと努力し、ついにニムロデという人物の登場をきっかけに、大きな勢力を成すようになったのです。彼らは、他の種族の前で自分たちの優越性を表わし、むしろ自分たちがノアからの正統性を受け継いでいる種族だということを他の種族の前で認められることを望んだのです。そのためには、自分たちの力と能力を誇示し、自分たちが主動して成し遂げられる特別なことが必要でした。それがまさにバベルの塔の建築でした。ハムの子孫は、バベルの塔の建築を通して他の種族の上に自分たちの立場を固めようとしたのです。

(つづく)

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