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朝の学び88 創世記9-10章  

9月5日
読了時間: 18分

創世記9:28-10:32

ノアは大洪水の後、三百五十年生きた。ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。大洪水の後に、彼らに子どもが生まれた。ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メシェク、ティラス。 ゴメルの子孫はアシュケナズ、リファテ、トガルマ。ヤワンの子孫はエリシャ、タルシシュ、キティム人、ドダニム人。これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。ハムの子孫はクシュ、ミツライム、プテ、カナン。クシュの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子孫はシェバ、デダン。クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。彼は主のおかげで、力ある猟師になったので、「主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ。」と言われるようになった。彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。その地から彼は、アシュルに進出し、ニネベ、レホボテ・イル、ケラフ、およびニネベとケラフとの間のレセンを建てた。それは大きな町であった。ミツライムはルデ人、アナミム人、レハビム人、ナフトヒム人、パテロス人、カスルヒム人・・これからペリシテ人が出た・・、カフトル人を生んだ。カナンは長子シドン、ヘテ、エブス人、エモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アルキ人、シニ人、アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人を生んだ。その後、カナン人の諸氏族が分かれ出た。それでカナン人の領土は、シドンからゲラルに向かってガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイムに向かってレシャにまで及んだ。以上が、その氏族、その国語ごとに、その地方、その国により示したハムの子孫である。セムにも子が生まれた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクシャデ、ルデ、アラム。アラムの子孫はウツ、フル、ゲテル、マシュ。アルパクシャデはシェラフを生み、シェラフはエベルを生んだ。エベルにはふたりの男の子が生まれ、ひとりの名はペレグであった。彼の時代に地が分けられたからである。もうひとりの兄弟の名はヨクタンであった。ヨクタンは、アルモダデ、シェレフ、ハツァルマベテ、エラフ、ハドラム、ウザル、ディクラ、オバル、アビマエル、シェバ、オフィル、ハビラ、ヨバブを生んだ。これらはみな、ヨクタンの子孫であった。彼らの定住地は、メシャからセファルに及ぶ東の高原地帯であった。 以上は、それぞれ氏族、国語、地方、国ごとに示したセムの子孫である。以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系である。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。




はじめに


ノアは洪水の後、さらに350年を生き延びましたが、この時間こそ自分自身を徹底的に発見し、根本的な肉の属性まで捨て去っていく真の人間耕作の時間でした。洪水の前には義人であり、その時代に完全な者と呼ばれるほど傷がなく、行いにおいては完全に見えましたが、それはあくまで神様が囲まれた霊的な光の中にとどまっている状態だからでした。まだ根本に内在する肉の属性が明らかになっていない状況だったので、表に現れる彼の行いや姿は完全に見えたのです。

ところが、洪水の後に光が取り込まれて、根本に内在していた肉の属性が明らかになると、ノアはこの時から心の奥底まで開墾する本格的な人間耕作を受けるようになったのです。しかし、ノアは350年を耕作されながらも、父なる神様が望む完全な分量には至りませんでした。まさに根本に内在する肉の属性まですべて取り除く、完全な聖潔の段階には至っていなかったのです。それでノアはそのように神様の前に忠誠を尽くし、洪水以後に新しい人間耕作の出発点になるという非常に重要な役割を果たしたにもかかわらず、新しいエルサレムに入る栄光は得られませんでした。結局3天層に留まるしかなかったのです。

ここで皆さんが誤解してはいけないのは、ノアはたとえ聖潔という観点から見て、完全に悪の形をすべて捨てた状態ではなかったにもかかわらず、3天層に行くことができたという事です。 3天層は完全に聖潔にされなければならないと言いましたが、ここには旧約時代と新約時代との違いがあることを知らなければなりません。旧約時代は、まだ聖霊が心の中に内住していた時ではないので、心にある罪を行いとして示さなければ、それが罪とは認められなかった時でした。もちろん旧約時代にも神様の御心を明らかに知っていた人々は、聖霊の力に支えられて心を割礼していくので、根本に内在した肉の属性までも解決した場合があります。しかし、肉の割礼をした旧約時代の人と、聖霊の力に支えられ心に割礼ができる新約時代の人とに、聖潔の基準を同じように適用することはできないでしょう。そのため、ノアは父が望む完全な聖潔の分量には至らなかったものの、3天層の栄光が与えられるようになったのです。

ノアは彼の人生を終える瞬間、自分の人生を振り返りながら多くの後悔を残すことになります。 息子のハムを呪った自分の姿も後悔したはずで、洪水以後、肉の秩序上最も頭だという立場によって、自分の足りない姿をより完全に発見できないままに生きてきた過去を後悔しました。ここで私たちは頭になればなるほど、より一層自分自身を振り返る事に目覚め、勤勉でなければならないことを悟らなければなりません。お世辞を言いながら良い言葉だけを言う人ではなく、時には聞きたくない言葉でも真実を語ることができ、自分の魂に有益な言葉を言ってくれる人を近づける知恵が必要なのです。もちろん話す時は常に善でなければなりませんが、真に善良な言葉とは、単に聞くことだけに良い言葉ではなく、相手に自らを発見して変化できるように悟らせる言葉だという事です。そして、このような善良な言葉こそ、箴言16:24「親切なことばは蜂蜜、たましいに甘く、骨を健やかにする。」と言われたように、聞く人の心にも甘いだけでなく、その魂に良薬になるのです。ところが当時、肉の秩序上一番頭にあったノアは、このように骨に良薬になる善良な言葉を言ってくれる人がいなかったし、またたとえそのような人がいたとしても、自分の傲慢の中でその言葉を受けることができなかったので、結局人生を終える瞬間このように後悔せざるを得なかったのです。もう少し時間があればという残念さもあったとおもいますが、今は後悔しても、これ以上の機会が与えられるわけではありません。

ですから、皆さんも本当に新しいエルサレムを望むなら、今与えられたこの時間を決して無駄にせず、新しいエルサレムに向かって力強く前進していくことをお願いします。恵みの時代であり、聖霊の時代である今は、心の中にある悪はその形でもすべて捨ててこそ、3天層以上に入ることができます。いくら自分の人生を神様の前に捧げて忠誠する人生を送ったとしても、その心の中に、父なる神様が嫌がる悪の形が少しでも残っていれば、新しいエルサレムはもちろん3天層にも入ることができません。このような事実を肝に銘じ、皆様の心に「私も完全な聖潔を成し遂げる」と、もう一度誓う貴重な時間になられますように主の御名でお願いします。

セムとハムとヤぺテの子孫


本文の創世記10:1には、「これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。大洪水の後に、彼らに子どもが生まれた。」と述べて、続く2節から32節までは、ノアの3人の息子たちから始まったそれぞれの系図が、短くは3代から長くは5代まで記録されています。私たちはこのような聖書の記録を通して、洪水後にノアの子孫がどのように繁栄し、この地に広がっていき、また将来、それぞれどのような民族に発展していくのかを知ることができます。今日、世界の人々はノアの洪水を一つの伝説や説話程度と考えているため、洪水後、ノアの三人の息子を通してこの地に新たに民族と人種が広がっていったという事実についても、否定的な立場をとっています。しかし、私たちは本文に記録されたノアの子孫の名前と歴史上に残っている記録を比較することで、聖書の記録がどれほど真実であるかを証明することができます。これから簡単に見てみますが、創世記10章に出てくるノアの子孫の名前が古代の民族の名前と地名、都市名などにそのまま残っており、それが今日まで伝えられているという事です。 


まず、ヤペテの子孫を見てみると、彼らは今日ヨーロッパ民族の祖先になったと言います。ところが、ヤペテの息子の中でゴメルの名前が、現在でもフランスとスペインの地名の中に痕跡として残っているそうです。またゴメルの息子の中にアシュケナズという名前がありますが、これは今日のドイツを称するヘブライ語の名称です。これを通して、ヤペテの息子の中で、ゴメルの子孫が今日、フランス、スペイン、ドイツを形成している民族と関連があるということを知ることが出来ます。

次に、マゴクという名前はエゼキエル38:2「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、」と言われた言葉のように、その名前が地名としても使われていますが、有名な歴史学者ヨセフスの記録によると、ギリシャ人はここマゴグの地に住んでいた人々をスキタイ人と呼んだそうです。今日のルーマニアやウクライナを含む地域の古代の名前がスキタイでした。これはすなわち、マゴクの子孫が今日ルーマニアとウクライナに住んでいる民族と関連があるという事を証しています。

また、ヤペテの息子の中でトバルという名前も、その名前から派生したトリリッシュという言葉が、今日、旧ソ連連邦のグルジア(ジョージア1991独立)地方で地名として使われているそうです。そして、ヤペテの息子の中でメシェクという名前はモスクワの昔の名前であり、現在もその周辺地域の中には依然としてメシェクの名前にちなんで呼ばれているところがあるそうです。このほかにも、ヤペテの息子の中で、ヤワンとその息子たちはギリシャ、ティラスは今日のユーゴスラビアと関連があると言われています。このようにヨーロッパのあちこちには、今日までヤペテの息子たちとその子孫たちの名前があちこちに痕跡として残って伝えられているという事です。

次に、ハムの子孫について見てみると、彼らは今日のアフリカ民族の先祖になりましたが、ハムの息子たちの中でクシュという名前はエチオピアを称するヘブライ語であり、ミツライムはエジプトを呼ぶヘブライ語です。創世記50:11に見ると、「その地の住民のカナン人は、ゴレン・ハアタデのこの葬儀を見て、「これはエジプトの荘厳な葬儀だ。」と言った。それゆえ、そこの名はアベル・ミツライムと呼ばれた。これはヨルダンの向こうの地にある。」とありますが、ここでアベル・ミツライムという言葉は「エジプトの哀痛」という意味でミツライムがエジプトを指していることが分かります。また、ハムの息子の中でプテはリビアを称するヘブライ語で、カナンは後にローマ人によってパレスチナと呼ばれた地域のヘブライ式の名前です。パレスチナという言葉は今日までも使われています。このようにハムの息子たちの名前も歴史的な記録だけでなく、今日までもその痕跡がそのまま残っていることが分かります。

次に、セムの息子の中にエラムがいますが、エラムはペルシャの昔の名前で、ペルシャはまさにイランの古い名前でもあります。また、セムの息子アシュルはアッシリアのヘブライ語であり、アラムはシリアのヘブライ語です。このように、セムの息子たちの名前も地名や国の名前にその痕跡がそのまま残っているという事実です。これは、まさにノアの子孫が確かに歴史が証明する実存の人物であったことを証明するもので、言い換えれば、ノアも実在の人物であり、聖書に記録されたノアの洪水も明らかな歴史的事実であったことを物語っているのです。

神様は、このように、ノアの子孫の名前が歴史の記録を通して随所に残るようにすることで、創世記10章に出てくる人々の名前が実際であり、創世記10:32「以上が、その国々にいる、ノアの子孫の諸氏族の家系であ。大洪水の後にこれらから、諸国の民が地上に分かれ出たのであった。」とおっしゃったとおり、まさに彼らを通して世界中の多様な国と民族を成すようになったという事を立証しているのです。

ところで、皆さんが知っておくべきことは、ノアの3人の息子たちから生まれた子孫が、必ずしも聖書に名前が記された人々だけがいたわけではないという事です。聖書に記録された名前は息子の名前だけ記録されていますが、この息子たち以外にも当然娘たちがいました。また、創世記10章では、ノアの3人の息子から生まれたノアの孫の名前はすべて記録されていますが、その次の代からは数人の息子から生まれた子孫の名前だけが記録されています。例えば,ヤぺテには七人の息子がいたにもかかわらず,聖書はその中でゴメルとヤワンを通して生んだ息子たちだけを記録しています。セムも5人の息子がいましたが、その中にアラムとアルバクシャデを通して産んだ息子たちの系図だけを記録しています。これはまさに多くの息子がいましたが、その中で誰を通してその家門の正統の系図が続くのかを知らせているのです。息子たちの中から純粋にその家族の血統を受け継いで、正統の系図を継いだ息子が誰なのかを物語っているということです。

当時は、人々が広がり始めたばかりで、自分たちの純粋な血統だけを引き継いだのではなく、異なる血統とも結びついて子孫を生んで繁栄していきました。例えば、ヤペテの血統とハムの血統が混ざることもあり、ヤペテの血統とセムの血統が混ざることなどがありました。こういう中でも自分の純粋な血統を守った人がいて、まさに彼らを通してその家門の純粋な正統の系図が受け継がれていったのです。

創世記10:5「これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。」を見ると、ヤペテの子孫がとどまった土地が海沿いの地であったことがわかります。ヤペテはその父であるノアが「神がヤペテを広げ」と祝福したとおり、広がっていく祝福を受けましたが、すぐに海沿いの肥沃な土地をもとに繁栄していくことができました。海沿いの肥えた土地を占有して定着することで、強固な基盤をもとに豊かになれる土台となったのです。さらに、ノアの洪水以来、水と船についての知識を積んだ彼らだったので、ヤペテの子孫はこのような知識と経験をもとに迅速に広がっていくことができたのです。

しかし、彼らが本格的に散らばって広がり始めたのは、バベルの塔の事件の後です。バベルの塔の事件をきっかけに、ノアの三人の息子たちの子孫はそれぞれ、その先祖たちによって与えられた祝福と呪いによって、彼らが占めるべき土地に広がっていきます。そしてこのようにして定着した土地の気質と、彼らが先祖から生まれついた気質が合わさって、本格的に今日のような多様な民族と人種に分かれるようになるのです。そして民族ごとに特性が生まれるようになり、人種間にも確実な区分が生まれ、今日に至るようになったのです。


クシュの息子ニムロデ


肥沃で肥えた海辺の土地を占めるようになったヤペテの子孫とは異なり、ハムの子孫は荒涼とした土地を占めるようになります。その代わりに、ハムの子孫は彼の先祖であるハムの気質を受け継いで、他の種族に比べて丈夫になることができ、したがって多くの子孫を出して急速に繁栄していきました。そして大きく三つの民族に分かれます。ハムの4人の息子の中で、クシュを通して形成される民族と、ミツライムを通して形成される民族、そしてカナンを通して形成される民族に大きく分けられたのです。クシュの子孫から形成される民族は、後にクシュの息子であるニムロデを中心に束ねられ、ミツライムの子孫からは後のペリシテという民族が出てきます。また、カナンの子孫からはカナンの様々な諸族が出てきます。

このようにハムの子孫が大きく三つに分かれたとしても、その中でクシュの息子であるニムロデを中心とした民族が最も大きく、強い民族として位置づけられます。そのため、後にバベルの塔の事件を主導することになるハムの種族が集まる時も、まさにニムロデを中心に束ねるようになります。言い換えれば、ハムの子孫の中にニムロデという人物がいたため、彼を中心にハムの子孫が集まってバベルの塔の事件を謀議することができたのです。さらに、バベルの塔の事件には、ハムの子孫だけでなく、ヤペテとセムの子孫も関与することになりますが、これは当時それだけでなく、ハムを中心とするハムの子孫の勢力が強大だったことを物語っています。

ニムロデを中心とするハムの子孫が主導することに他の種族も一緒にするしかないほど、当時のハムの子孫は強く、周辺の広い領域まで影響力を行使したのです。もちろん、次の時間に詳しく説明しますが、ハムの子孫がバベルの塔を建てようとした目的と、ヤペテやセムの子孫がバベルの塔を建てようとした目的とは異なっていました。しかし、ハムの子孫が主導することに、他の兄弟の子孫が知らないふりをすることはできなかったのが当時の状況だったということです。では、バベルの塔の事件はノア洪水以後、どのくらいの年月が経って起こったのでしょうか?バベルの塔の事件が洪水の後三代か四代か程後に起きたとする、正確な時点が25節に記録されています。

創世記10:25「エベルにはふたりの男の子が生まれ、ひとりの名はペレグであった。彼の時代に地が分けられたらである。もうひとりの兄弟の名はヨクタンであった。」エベルは二人の息子を産み、一人の名前をベレクと呼びました。彼の時代、地が分かれました。ここで「彼の時代に地が分けられたからである。」と言われた御言葉が、まさにバベルの塔の事件によって、ノアの子孫の族属が散らばったことで、地が分けられるようになったことを意味します。このように地が分けられるときに、エベルが生んだ息子の名前がペレグだと言ったので、ノアの息子セムが生んだアルパクシャデが1代、アルパクシャデの息子シェラフが2代、シェラフの息子エベルが3代、エベルの息子ペレグが4代 として、洪水以後正確に4代目に達し、バベルの塔の事件が起きたことがわかります。

次の時間からは、バベルの塔の事件の詳しい説明が出ていきます。また、バベルの塔の事件の前は、全地全体の口音と言語が一つと言っていましたが、果たしてその言語はどんな言語であり、このように一つだった言語がどのように分かれるのかについても説明することになるでしょう。そして、バベルの塔の事件の前に一つだった言語の痕跡が今もどこかに残っているのかについても説明したいと思います。

 


結論


創世記10章はこれから続くバベルの塔の事件を説明するための背景になります。ノアの三人の息子たちの子孫がどのように広がり、後日バベルの塔を建築するかが創世記10章の中に間接的に暗示されています。ハムの子孫ニムロデに対する言葉やセムの子孫ベレクの時に「地が分けられた」とおっしゃったことばなどが、まさにバベルの塔の事件を暗示する内容です。呪われた民族という劣等感を持っていたハムの子孫たちがニムロデという指導者を中心に団結して洪水以後4代の頃になって、結局神様に対抗する事件を起こすことになったのです。

太初(天地のひらけた初めの時)以前、霊の世界で反乱事件が起きた時も竜の主動勢力があり、彼らが長年にわたって自分たちの支持勢力を一つに集めて神様に対抗したように、ハムの子孫も呪われた後、一気に神様に対抗したのではなく、それなりの力が生まれるまで待ってからバベルの塔の事件を起こしたのです。今日、分裂や争いが起きている教会でも、これと似たような状況が展開されます。良くない心を抱いている主導者を中心に同じ考えを持った何人かが集まるようになり、彼らがある程度時間をかけて自分の勢力を一つに集めて、今はある程度自分たちの勢力が集められたと判断できる決定的な瞬間に本音を行動で表わすのです。ニムロデを中心とするハムの子孫がまさにこのような状況だったということです。

また、創世記10章の内容を見ると、バベルの塔の事件に対する暗示だけでなく、将来のセムとハムとヤペテの子孫の関係がどうなるかについても輪郭が明らかになります。セムの子孫として、後日神の選民に選ばれるイスラエル民族と、呪われたハムの子孫として生きていく民族の間で、これから起こる出来事についても暗示されています。将来のすべてをご存知の神様は、創世記10章を通して将来明らかになる父なる神様のご意志と摂理のためのすべての環境を造っておかれていたのです。セムの子孫であるイスラエルを選民として選択し、彼らを訓練する道具として、彼らの周辺に他の民族を定着させたので、サムエル第二7:14「わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。」とおっしゃったように、まさにイスラエル民族の周辺にいる異邦民族がイスラエルを訓練する杖とむちになったわけです。

これは今日も同じです。「周辺に迫害や妨害がなければ良い」と考えることもできますが、神様は私たちを真の子どもにするために、時にはいろいろな環境を許すことで、その中で訓練を受けて、純金のように出てくるようにされるのです。また、「私の周辺にヤギのように刺す人さえいなければ良い」と思う方がいるなら、まさにその人を皆さんのそばに置いた神様の摂理に気づいてください。しかし、皆さんは他人を刺す道具である杖や鞭になってはいけません。刺して殴る杖や鞭ではなく、やさしく包み込むことができる綿毛のような皆さんにならなければなりません。ですから、皆さんはいつも「自分自身が他の人を刺す人ではないか?」と振り返って自分を点検していくことを願い、また皆さんの周りに皆さんを刺す人がいるなら、むしろそれを感謝の気持ちで受け、皆さんを綿毛のように変化させる機会にしてください。それで、迅速に神様が望む美しい器に変化して出てくることを主の御名でお祝いします。

イエス・キリスト日本連合聖潔会
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