top of page

朝の学び84 創世記9章

9月4日
読了時間: 8分

創世記9:18-29

箱舟から出て来たノアの息子たちは、セム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。この三人がノアの息子で、彼らから全世界の民は分かれ出た。さて、ノアは、ぶどう畑を作り始めた農夫であった。ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。カナンの父ハムは、父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。それでセムとヤペテは着物を取って、自分たちふたりの肩に掛け、うしろ向きに歩いて行って、父の裸をおおった。彼らは顔をそむけて、父の裸を見なかった。ノアが酔いからさめ、末の息子が自分にしたことを知って、言った。「のろわれよ。カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」また言った。「ほめたたえよ。セムの神、主を。カナンは彼らのしもべとなれ。神がヤペテを広げ、セムの天幕に住まわせるように。カナンは彼らのしもべとなれ。」ノアは大洪水の後、三百五十年生きた。ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。




序論

私たち人にはそれぞれ気質というものがあります。辞書で見ると、気質とは個人や集団の特有の性質だと定義していますが、例えば個人なら、彼が親や先祖からどのような気と性質を受けて生まれたかによって、その人の気質が決まります。また、集団もその構成員がどんな人たちかによって、その集団だけの特有の性質である気質が出てきます。もちろん、同じ集団内の構成員だとしても、すべての人にこのような気質が同じように適用されるわけではありませんが、それでも人々が普遍的に受け入れる集団だけの気質が存在するのです。このように個人であれ集団であれ、彼らの気質を決める上で最も大きな影響を与えるのが、祖先から伝わる気質です。 どんな気質を持った祖先から始まったのかによって、その子孫から現れる共通の気質が異なるのです。このように民族ごとに異なる気質を持つようになった出発が、まさにノアの三人の息子からだったという事です。


ノアの三人の息子による民族の気質 

ノアの洪水以後、根本の肉の属性が明らかになると、ノアの三人の息子からもそれぞれの気質が出てくるようになります。もちろん洪水以前にも祖先から伝わる気質が現れましたが、根本の肉の属性が現れ始めた洪水後からは、その中に内在していた気質が本格的に現れ始めたのです。それで、同じ親から生まれた息子たちですが、セムからは穏やかな、おとなしい気質が、ハムからはせっかちな気質が、またヤペテからは何かを取ろうとする気質が強く表れ始めます。そして、このような三人の息子の気質は、将来、彼らを通して生まれる民族の気質としてそのまま伝わってきます。今日、この地球上に存在する多くの民族を見てみると、その民族なりの気質が存在するのを見ますが、これがまさにノアの三人の息子の中で誰から始まった民族なのかによって、その民族の根本に敷かれている気質が決定されたということです。

穏やかな気質を持ったセムの子孫なのか、それともせっかちな気質を持つハムの子孫なのかによって、その子孫の気質に差が出るのです。それで、ある民族は従順な民族性を持ち、またある民族は好戦的で荒々しい民族性を持つこともあります。もちろん、穏やかな気質を持ったセムの子孫であっても、これらのセムの息子の中でどの息子を通して生まれた子孫なのかによって、その気質がいくらでも変わることもありますが、民族全体の内面に潜在している気質には、その民族がどのような祖先から始まったのかが大きな影響を与えるという事です。

これは家庭でもわかります。たとえば、ある家庭に複数の子供がいるときに、その子供たちに見られる共通の気質があります。まさに親から共通して伝えられた気質です。しかし、同じ親から生まれた子供たちでも、それぞれ一人一人からは、同時に自分だけの特別な気質が存在することがわかります。同じ親から伝わった共通の気質もありますが、一方で、それぞれの個人により強く現れる自分だけの独特の気質もあるということです。ノアの3人の息子から広がった民族も、このような両面的な要素が結合され、今日のように多様な気質を持つ様々な民族に分けられるのです。それで、広範囲に見ると、共通の気質を持った集団だとしても、それらをもう一度細かく分けてみると、また彼らだけの独特の気質を持った数多くの集団に分けられ、逆に独特の気質を持った複数の集団が時には一つの共通の気質を発揮することもできるのです。

例えば、韓国だけを見ても慶尚道の人と全羅道の人、忠清道の人、このように、その集団の構成員によって独特な気質が現れることがわかります。しかし、このように韓国の中では、地域によって区別される気質を持っていても、韓民族というより広い集団から見ると、韓民族だけが持つ特別な気質があります。これは日本も中国も同様であり、日本人も彼らなりの気質があり、中国人もそれなりの気質があります。そのため、外見は似ているように見えても、このような気質によって韓国人と日本人、中国人が互いに区分されるのです。このように、人類の新たな先祖となったノアの三人の息子から伝わり始めた気質は、後代に出てくる数多くの民族の気質に大きな影響を与えるようになりました。

ノアの肉の気質とカナン人に与えられた呪い

本文18節によれば、ノアの三人の息子の中で特にハムについて「ハムはカナンの父である。」と述べていますが、これを通して私たちは将来カナンと呼ばれる民族が先祖であるハムの気質をもって生まれるという事実が分かります。カナンはハムの息子たちの一人の名前で、創世記10:16-18を見ると、彼を通してエブス人、エモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アルキ人、シニ人、アルワデ人、ツェマリ人、ハマテ人を生んだ。その後、カナン人の諸氏族が分かれ出た。そしてこれらの民族は、将来出エジプトしたイスラエルの民が約束の地カナンを占めるために、その地から追い出さなければならない代表的な異邦族になってしまいます。今後説明しますが、父親のノアから呪われたハムの子孫であるカナンは、後日、神様を離れた異邦民族の中にあって、選民イスラエル民族との関係の中で果てしない対立と反目を重ねることになります。これらすべてが、まさにハムの気質とその気質によってもたらされた悪行の結果として、その後代に起こったことです。

3人の息子たちの説明はしばらくしてから再びすることにし、続く本文20-21節に見ると、「さて、ノアは、ぶどう畑を作り始めた農夫であった。ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。」とあります。ここで最初に農業を始めたということは、洪水後の生活がある程度安定したということを意味します。一箇所に定住して農業をするほど安定した生活が可能になったということです。ところがこのように生活が安定すると、むしろノアは以前はすべてのことを全面的に神様に依頼し、神様を恐れていた心から、今は自分中心の人生に変わっていきます。また、以前の敬虔で誠実だった姿からますます遠ざかっていきます。彼が葡萄酒に酔って裸のままだったということが、まさに当時のノアの人生がどうだったかを断面的に表わしている姿です。この一つの姿を通して、彼の他の人生も、どれほど以前とは違った姿に変わっていたのかがわかります​​​​​​​​​​​

洪水が終わって間もないにもかかわらず、すでに多くのことから心に節制ができず、敬虔でない姿に変わっていったのです。根本の肉の属性が明らかになり、内在していた気質が様々な姿で現れるようになったのです。神様を意識し、神様だけを考えて生きている時とは違って、自分中心になって、自分が一番の頭だという意識が生まれ、他の家族の上に君臨しようと思います。自分が頭だという考えから、他の人の顔色をうかがうこともなく、自分の心に望む通りにすると、結局、自制もできなくなり、心から出てくる肉の気質が非真理の姿で現れるようになります。

第一テサロニケ5:3に、「人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。」とあります。もちろん、この言葉は将来主が再臨するときにこの世がどうなるかをおっしゃったことですが、私たちは常に肉的に平安だというときに、思わぬ試練が来る可能性があることを知らなければなりません。肉的な平安が精神的なゆるみにつながる時、まさに敵である悪魔サタンの目標になるのです。ですから、わたしたちは,主の中で当然霊肉間に平安を受けながら暮らさなければなりませんが、霊的にはいつも目を覚ましており、敵である悪魔サタンの策略に対して対峙することができなければなりません。

続く22節以下を見ると、息子のハムが父親ノアの裸を見て、二人の兄弟に告げる場面と彼らの行いが出ています。ここでも息子たちの気質の違いを感じることができますが、ハムはせっかちな気質によって悪い行動が出てきます。もう一度考えて慎重だったら良かったのですが、そうではなく心で望む通りに行い、ついに取り返しのつかない道に向かってしまいます。酔いが覚め、息子のハムが自分に行ったことを知ったノアは、本文25節「のろわれよ。カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」と、途方もない呪いの言葉を口から出してしまったのです。

ノアの呪いは、ハムの息子たちの中でカナンだけに該当するのではなく、ハムとその子孫の両方に該当するもので、この呪いによってハムの子孫は大きな苦痛の中で生きていくことになります。もちろん、ハムが子どもとしての道理として、父親に対してしてはならない行動をしたのは事実ですが、この時、ノアがもう少し純然としていたら、この呪いの言葉は言わなかったでしょう。これはまさにノア自身にも自らを節制できず、性急に行ってしまう気質があったことを示すものであり、このような気質がその息子たちの中にハムに伝えられ、結局はハムも自らを節制できない中で非真理の行動に出てしまったということを物語っているのです。

イエス・キリスト日本連合聖潔会
名古屋万民教会
Nagoya Manmin Church

〒 465 - 0014

名古屋市名東区上菅一丁目916番地

TEL/Fax: 052-774-8874

E-Mail: qqrb5br9k@gaea.ocn.ne.jp

2017 Nagoya Manmin Church,All rights reservde.

bottom of page