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朝の学び79 創世記9章

9月4日
読了時間: 7分

創世記9:1-4

それで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。 野の獣、空の鳥、―地の上を動くすべてのものーそれに海の魚、これらすべてはあなたがたを恐れておののこう。わたしはこれらをあなたがたにゆだねている。生きて動いているものはみな、あなたがたの食物である。緑の草と同じように、すべてのものをあなたがたに与えた。しかし、肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。




進化ではないという証拠


これまでいくつかのケースを見てきたように「人によって移動したのか、それとも自ら移動したのか?」「地形や気候の障害を克服することができたのか、そうではなかったのか?」によって今日、世界中に広がっている動物たちの分布が決定したという事です。もし進化論で言うように、進化によって今日のような動物が生まれたなら、気候や環境条件が似ているところでは、同じ種類の動物が現れる可能性が非常に大きかったでしょう。しかし、アフリカ大陸と南アメリカ大陸で互いに気候と環境が似ているところを比較しても、この二カ所に住む動物の種類が大きく異なります。人によって移動したか、自分で移動できた動物は、両方に住むことになるでしょうが、そうでないものは海を渡ってまで移動することができなかったからです。それで猛獣やからだの大きい動物たちの中には、アジアとアフリカ大陸にだけで生きているものが多いのです。

ちょっと荒々しい動物でも、小さいものは子どもの時に人が十分に移動させることができたでしょう。このような事実だけを見ても、進化ではなくノアの洪水以来、新たに動物が広がっていったことがわかります。また、洪水以前は動物たちがどこに住んでも良い環境でしたが、洪水後に肉の性質が明らかになってからは、それぞれの動物に合う環境を探すようになり、これによる影響もあるのです。ノアの洪水以来、気候とすべてが変化しすぎてしまいました。

そして、動物の中でも今日は、一種類の動物の中でも再び様々な種類に少しずつ変形が起きた場合が見られますが、これは決して進化によるものではなく、ただ長い年月が経つにつれ、それぞれの動物が生きていく地域の気候と餌、そして地形に適応するために生じた若干の変化に過ぎません。このような少しずつの変化を「小進化」といいます。人の場合もどんな気候でどんな食べ物を食べながら適応して生きていくかによって、外見に少しずつの変化が生まれるかのようです。

進化ではないというもう一つの証拠は、まさに恐竜の化石を通してです。恐竜の化石は現在世界中で発見されていますが、化石が見つかるところを見ると主にその周辺一帯で集中的に発見されます。大陸別に見ると、北アメリカでは米国とカナダ、南アメリカではアルゼンチン、ヨーロッパではイギリス、アジアではモンゴルと中国で発見される化石が世界中で発見される化石の75%と言われています。この他にも化石が発見される国々を見ると、世界各地に広がっているにもかかわらず、その国の中でも特定地域に密集しています。これは、すなわち何を物語っているでしょうか?

私が前に説明したように、恐竜がエデンの園から追い出され、この地に降りてきてからこの地にそれほど長く住んでいなかったという事実です。彼らが広がる前に、すでに神様の裁きをこの地で受けてしまったのです。火の審判を受けてしまったということです。とても短い時間しか生きられませんでした。そのため、恐竜が初めてこの地に降りてきた時は、世界中のあちこちに広がったにもかかわらず、その短い時間の間に、さらに広域には広がっていくことはできなかったのです。言い換えれば、神が恐竜をこの地上のあちこちに世界各地に分散しておかれたので、恐竜の化石が世界中で発見されていますが、同時に恐竜がこの地に住んでいた時間が短いため、その間に最初に定着したところから遠くまで広がっていけなかったということです。韓国の場合も恐竜の化石が多く発見されてはいますが、そこが主に数箇所に集中しています。

そしてこれを通して、私たちは恐竜の絶滅も非常に突然のことだったことを知ることができます。恐竜の絶滅がもし餌が足りなかったり、気候の変化が原因であった場合、恐竜は当然餌を求めて散らばったり、より良い気候を見つけて移動したはずですが、そうしなかったことを見ることができます。恐竜の化石が主に集団的に発見されるというのは、一箇所に集まって暮らしていた群れが災いや危険を避けて散らばる時間の余裕さえなく、突然、死を迎えたということ、それだけ膨大な災害があっという間に迫ったという証拠です。

したがって、私たちはこれらの証拠を通して、恐竜がこの地に降りてきて世界中に散らばって暮らすことにはなりましたが、最初に定住した場所から遠くまで広がっていくほど長い時間、この地に住んでいたわけではなく、また突然の審判によって滅亡したという事を知ることができます。そして、日本をはじめとする島国でも恐竜の化石が発見されていますが、これは恐竜が自ら移動したのではなく、最初から神様がそこに置いたという事実を物語っています。


もちろん当時は今と地形が違っていたかもしれませんが、陸地に住む恐竜が泳いで海を渡ることができるわけではないので、お互い離れた大陸や島を恐竜自ら移動していくことはできません。それでも、互いに遠く離れた大陸と島でも似たような種類の恐竜化石が発見されるということは、神様が最初からそこに定着するように散らばしておかれたことを示しています。

これと共にもう一つ考えなければならないのは、現在知られている恐竜の化石のうち、わずか20%が完全な骨格を備えたものであり、57%は不完全だったり部分的な頭骨などによって、その名前がつけられた恐竜だということです。また、残りの500種以上の恐竜たちも特徴のない骨に基づいて名前がつけられました。これは言い換えれば、進化論で化石に基づいて進化したと主張する恐竜のほとんどが、まだ化石でさえまともに確保されていないという状況であり、それほど不十分な資料をもとに、自分たちが立てた仮説と考えの中で恐竜の進化を説明しているということです。しかし、神様がしてくださった説明では、今発見されている恐竜の化石に対する疑問点が明らかになる可能性があるという事です。次の時間には、神様が人々に生きた動物を食物として与えながら、血のあるままで食べないように命じられた霊的な意味について見てみましょう。

 

創世記9章2節「野の獣、空の鳥、―地の上を動くすべてのものーそれに海の魚、これらすべてはあなたがたを恐れておののこう。わたしはこれらをあなたがたにゆだねている。」とありますが、これはこれだけ悪があるということを表しています。動物と人の間に、動物と動物の間にも互いにも悪があるので、お互いを恐れて怖がっているのです。ヨハネの手紙第一4:18にも「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。」とあります。

人の心の中にも悪がなく、相手に対する完全な愛の心だけがあれば、決して恐れたり恐ろしいことはありません。いくら私を苦しめ、私を害しようとする人がいても、私の方で先に彼を完全に愛してしまったら、決してその人について不快な気がしません。そうではなく、相手が私を苦しめる時、それによって私の心が傷ついて感情が生じるので、そのような人を見ると怖くて嫌で避けるようになるのです。心の中に完全な愛があれば、むしろそのような人を見るとき、より憐れみと慈悲の心で扱い、どんな状況でも抱いてあげることが出来るのです。

ですから、ローマ13:10に、「愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。」と言われたように、心の中に完全な愛を成し遂げ、律法の完成を成し遂げることができることを願っています。それで、この地でも皆さんの心が天国を成し遂げ、日ごとに、新しいエルサレムの希望の中でさらに熱く駆け付けることができますように主の御名でお祈りします。

イエス・キリスト日本連合聖潔会
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