朝の学び76 創世記8-9章

創世記8:22-9:3
地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」それで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。野の獣、空の鳥、 ― 地の上を動くすべてのもの — それに海の魚、これらすべてはあなたがたを恐れておののこう。わたしはこれらをあなたがたにゆだねている。生きて動いているものはみな、あなたがたの食物である。緑の草と同じように、すべてのものをあなたがたに与えた。
自由意志の重要性
以前には、私たちがこの地で人間耕作を受けながら、訓練という過程を通して、その本性の中にある悪まで発見して捨て去るとき、父なる神様が喜ばれる真の子どもとして出てくるとお伝えしました。ところで、悪を捨てて聖潔に向かって走っていくにあたって、皆さんにとって大切なこと、顧みなければならないことは、自由意志を果たしてどのように使っているのかということです。
自由意志とは簡単に言って皆さん自らが自由に選べる意志のことです。するのか、しないのか、守るのか、守らないのか、持つのか、持たないのか、従うのか、従わないのかなど、数々の状況の中で、皆さんにはまさに自由意志があるので、自分が望むものを選んで生きていくことになります。もちろん、とても幼い子供たちはまだ自分の自由意志を勝手に使えるわけではなく、少なくとも6歳くらいを越えてこそ、自分の意志の中で善と悪を選ぶことができるようになります。それで、救いもこのくらいの時から自らの信仰の選択によって決まるのです。
このような自由意志は、皆さんが心をどれほど真理で霊として働かせたかに応じて、霊の働きとして出てくることもあり、逆にどれだけ非真理と肉があるかによって、魂の働きとして出てくることもあります。だから、非真理と肉の多い人は、いくら自由意志の中で霊を選ぼうとしても、敵である悪魔サタンが主管する魂の働きによって、結局は罪の奴隷の役割をするようになります。しかし、心を完全に霊で満たした人は、霊の働きによって、すべてのことにおいて、父なる神様の御心に100%合わせることができます。
自由意志の中で、神様の御心に完全に従う真の子どもを望んで人間耕作を始められた神様は、ノアの洪水以後から、人の根本の肉の属性まで現れる環境の中で、本格的な人間耕作を始められました。洪水以前は、まるで温室で花を栽培するのと同じでしたが、これからは温室の外に出て、完全に世の中と接する環境の中で花を栽培するようになったのです。このように、人の根本に内在していた肉の属性が明らかになり始めると、義人と呼ばれていたノアにさえも、洪水以前には発見できなかった悪の形が現れ始めました。
人々は、気を通して先祖から伝わる肉の属性が積み上げられ、以前よりもさらに急速に悪に染まりました。創世記9章にはノアの息子ハムが父の過ちを兄弟たちに伝えると、その声を聞いてノアがその息子を呪ってしまうのを見ることができます。このような状況を知っておられるので、父なる神様は、創世記8:21に「人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。」とおっしゃったのです。
根本の肉の属性が明らかになった地
ノアの洪水以後、光が収められて根本の肉の属性があらわれたのは、人にだけ該当するものではありませんでした。人々が生きていくこの地も光が取り込まれて、根本の肉の属性を持つ完全な肉の空間に戻ることになりました。それで、自然のすべてが根本の肉の法則に従って運行されているので、22節に「地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」とおっしゃったのです。
最初の人アダムが罪を犯してこの地に追い出されてから、この地は人によって呪われ、初めの神様が取り囲まれた光が多く取り込まれ、以前とは違う肉の法則が適用され始めました。創世記3:17後半または19節に、「土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」と言われた通りです。 しかし、ノアの洪水以前までは、それでも神様が囲んでくださった光がすべて取り込められたわけではないので、この地が完全な肉の法則が適用される空間ではありませんでした。しかし、光が完全に取り込められた後からは、現在のような肉の空間になるので、以前とはまた違う肉の法則が生じたのです。光が残っている間は、神様の力でこの地は人が生きていくのに最も適した環境として維持されましたが、完全な肉の法則が適用されてからは、寒さと暑さ、夏と冬が明確に現れるようになり、地域によっても肥沃なところと痩せたところ、平和で美しいところとそうでないところがあらわれるようになりました。地が持っている根本の肉の属性に従うことになったのです。
例えば、根本の土地の土質がやせているところでも、以前は光の能力によって現れなかったのが、光が取り込められるにつれて、根本的な土質が明らかになり、徐々にやせた土地に変わっていったということです。人も根本にあった肉の属性が出てくるので、次第に悪に染まっていくのと同じことです。特に現在の中東の土地は、人間耕作の始まりとともに悪がひどく満ちたため、洪水の審判の原因となったところであり、罪悪による呪いのため、他の土地よりも肥沃でない厳しい環境の中に置かれたことがわかります。かつてはアダムが初めて定住した場所であり、多くの人々が集まって暮らすほど、肥沃で豊かに見えた土地でしたが、神様の恵みが去り、呪いが臨むと、根本の属性が明らかになって呪いを受けた土地になってしまったのです。洪水以後、ノアと彼の家族は新しい人生を始め、心の中では「これからは神様が望むように行っていきます」と決心しましたが、完全に肉の空間に戻り、根本の肉の属性が明らかになり始めた土地で生きていくので、決心したこととは異なり、むしろ次第に悪に突き進んでいきます。ですからこういう環境の中で数千年が過ぎた今日、根本に内在した肉の属性を取り除き、聖潔にされて霊に入ってくるということは、簡単にできることではありません。
ですから、父なる神様はこのような世でも悪を脱いで変化し、霊に入った人をとても喜ばれるのです。このような人には、たとえ肉の空間にいるにもかかわらず、霊の空間で行うことが出来る能力を与えてくれるのですが、これがまさに御力です。つまり、心を霊に耕した人は、肉の空間でも霊の空間の働きができるのです。この時、霊の空間の働きとは、肉の空間では不可能なこと、ただ肉の空間と法則を超越する神の力だけで出来ることです。
皆さんは、この教会を通して、このような霊の空間の出来事をこれまで数えきれないほど見てきました。不思議な虹、雲が現れ消えること、星の移動などをはじめとしたしるしと、見えない人の目を開け、聞こえない人が言葉を聞き、耳が聞こえ、動けない体が起きあがるなど、計り知れないしるしがまさにその証拠でしょう。そして今は皆さんの中でも心を霊に耕した方々を通して、霊の空間のはたらきが起きています。
たとえ自らはまだ完全ではないとしても、この教会にはすでに霊の空間の出来事が起こり得る道が開かれているので、その道を知って出てくる方々には同じ働きが現れているのです。これらの働きが皆さんにも信仰になって、迅速に肉を脱いで霊に入り、これ以上肉の空間に縛られているのではなく、一次元高い霊の空間に属して肉を支配して治める者になることを主の御名によって祈ります。



