朝の学び56 創世記6章 8

「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。」創世記6:14-15
アダムがこの地上に定着してから約1,600年経ったとき、この世にはすでに罪と悪が増大していました。公義によってはこれ以上赦されることができなくなると、神は結局、さばきの判決を下されました。その方法を「大洪水」と決めて、ノアに洪水に備えて箱舟を造るようにされました。箱舟の様式と製作方法を神ご自身が教えてくださいました。きょうの本文にその内容があります。
神は箱舟の材料と大きさと構造まで教えられましたが、これにはみな霊的な意味が含まれています。まさにノアと彼の子孫が今後どのように生きるべきか、洪水のさばきを通して何を悟って心に留めなければならないか、箱舟のあちこちに意味をこめてくださったのです。
箱舟の霊的意味
まず[6:14前半節]に「あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。」とあります。ここで「箱舟」とは、霊的に「神のことば」を表しています。ノアと彼の家族は神のことばに聞き従って、箱舟を造ってその中に入ったので、洪水のさばきを免れて救われました。
このように、私たちも神のことばの中にとどまってこそ、救われることができます。神は救いの道と罪の赦しの基準を、聖書に正確に提示しておかれました。神がこのように定めておかれた法に従って、各人の救いの有無が決定されます。
たとえば、[ヨハネ3:18]に「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」とあります。また、[マタイ7:21]では、私たちのイエス様が「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。」と言われました。
この他にも、神のことばである聖書には、どうすれば救われるのかについて、具体的な内容が記されています。みことばどおり生きた人は天国、そうでない人は地獄に行くようになります。ノアの箱舟に入れなかった人はみな洪水のさばきのとき死んだように、誰でも神が定められた救いの道から外れた時は、永遠に死の刑罰を受けるようになります。
救われない罪、死に至る罪について、救いの箱舟のような役割をするこのようなみことばを必ずよく理解して、心に刻んでおきますように。それで、自分が救いの箱舟の中にいるのか、外にいるかを見分けなければならないし、箱舟の中に入ってきたあと、また外に出て行くこともあってはなりません。皆さんが天国に至る時まで、信仰によって期待するその望みをしっかりつかんでいるようお願いします。
「ゴフェルの木」の霊的意味
神は箱舟の材料を「ゴフェルの木」と指定してくださいました。これにも霊的な意味が含まれています。まずゴフェルの木の特徴を説明いたします。これは松の木の一種です。この木は常緑針葉高木であり、高さは最高30メートルまで、太さは1メートルまで育ちます。根を深く下ろして、幹がまっすぐに育つ特性を持っています。
木の材質は強くて堅く、この種類の木材は、家を建てる時に、柱や垂木のような構造材として使われます。家具を作る時も、家具の基本形を維持する構造材として利用されるのです。この他にも、堅い特性ゆえに土木材、船舶材としても使われるのです。また、この木材はやにを含んでいて、加工は難しいけれど、かえってこのために強度が大きいのです。
神はこのような特性を持ったゴフェルの木を箱舟の材料とするようにされました。ノアの箱舟は大洪水の中で激しい波に耐えなければなりません。山のような大波が来てぶつかってもつぶれないほど、堅くて丈夫でなければなりません。それで、神は強くて堅いこの木を使って箱舟を造りなさいと言われたのです。
私たち人の子らも、険しい世の波をかき分けて、天国まで安全にたどりつくためには、霊的にこの木のような性質が必要です。まっすぐで堅いゴフェルの木のように、まっすぐな心を持ち、どんな困難にも移り変わることがあってはなりません。
[第一ペテロ4:12]に「愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、」とあります。皆さんがこの世で信仰を守ろうとすると、時には火のような試練にあうこともあります。
たとえば、家庭が福音化されていなかったなら、先祖を祭るとき、手を合わせないという理由で家族から迫害されたりもします。職場では、上司がすすめる酒を遠慮すると、わけもなく割に合わないことにあうこともあります。皆さんは神を信じるから光の中を歩もうとするのに、闇の霊どもはそれが嫌いなので、悪い人々を操って皆さんを困難にあわせたりするのです。
心がまっすぐな人は、このように世からどんな火のような試練がやって来ても、世と妥協しません。信仰が弱くなったり、揺れたりしないのです。初めに決心したとおり、変わらず神の御目に正しいことを行うのです。すると、神は生きておられるので、必ずすべてを働かせて益としてくださいます。
また、[第一ペテロ1:9]に「これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」とあるように、まっすぐな心をもって信仰を守った人は、結果的に救われるようになります。
「箱舟に部屋を作り、」の霊的意味
次に[6:14後半節]を見ると「箱舟に部屋を作り、」とあります。これは、箱舟に部屋を作って、空間を分けなさいという意味です。「箱舟」が霊的に「神のことば」だと言いました。このように「箱舟」が丸ごとの神のことばを指しているなら、部屋が作られている箱舟は何を意味するでしょうか?
それは、みことばに照らしてすべてをわきまえ知る心を意味します。真理と真理に逆らうものを見分けて、善と悪を見分け、光と闇を見分けられるのです。
私たちがこの世を生きていくとき、必ずこのような力がなければなりません。そうでなければ、まかり間違えば盲人に手引きされて、ふたりとも穴に落ち込むこともあります。神が願われるみこころとは反対に行くこともあるのです。
[ローマ12:2]にも「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」とあります。自分が見ての善でなく、神が認める善が何かわきまえ知らなければなりません。また、自分が正しいと思う義ではなく、神が正しいと思われることを悟らなければなりません。
このためには、すべてにおいて自分を徹底的に捨てて、みことばを基準にしなければなりません。また、自分の心から悪を引き抜いて捨てるとき、いつも良いものを下さる神のみこころが悟れます。みことばに照らして、すべてを正しくわきまえ知るためには、まずはみことばを知識的によく理解して、覚えておかなければなりません。
そして、これとともに必ず霊的な武具として身につけなければなりません。つまり、心が真理に変えられなければならないのです。心を真理に変えさせた人は、聖霊の声を聞いて働きかけられるので、神が望まれるみこころをわきまえ知ることができます。
特に御霊に属する分野は、御霊に属する心になってこそ完全に解くことができます。
[第一コリント2:13後半節]に「その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。」とあるとおりです。ですから、皆さんはみことば、すなわち、霊の知識をまめに身につけますが、心に糧とすることにさらに努めますように。
「内と外とを木のやにで塗りなさい。」の霊的意味
神は箱舟をゴフェルの木で造り、「内と外とを木のやにで塗りなさい。」と命じられました。この「木のやに」は、ここでは原油を精製して残ったアスファルトやピッチのことです。石油を採取する油田では、天然でも得られます。これは、防水、防腐などのために使われます。
[出エジプト2:3]にも、赤ちゃんだったモーセがパピルス製のかごに入れられてナイルの岸の葦の茂みの中に置かれたとき、それに瀝青と樹脂とを塗ったとあります。このように瀝青を塗ると、防水の役割をして、水に浮きやすくなります。ところで、神は箱舟の内と外とをこのような役割をする木のやにで塗りなさいと言われました。木と木が接している小さい隙間にまで、やにをきちょうめんに塗って、水が入ってこないように徹底的に備えるようにされたのです。
これからノアと家族が箱舟の中で過ごす日は1年を超えます。もし木で造った箱舟に隙間ができたら、水が入ってきて、生存がおびやかされることもあります。初めは少しずつ入ってきた水がますます隙間を大きくして、後には手のほどこしようもないようにします。
それでは、木のやにで箱舟の内と外とに塗りなさいというみことばに含まれた霊的な意味は何でしょうか? それは、世の中で生きていくけれど、世のものを心に受け入れてはならないという意味です。
皆さんはこの地上で耕作を受けている間、どちらにせよ世の中で生きていきます。世から離れて隠れる人はまことの耕作を受けにくいです。皆さんがこのように世の中で混ざって生きても、世の水が皆さんの生き方に入ってきてはなりません。箱舟の外だけでなく、内にまで几帳面に木のやにで塗りなさいと言われたように、世のものが入ってこないように、世を遮断しなければならないのです。
私が「世の歌やテレビ、映画を断ち切らなければならない」「インターネットも注意しなければならない」といつも強調するのには理由があります。反キリストの勢力が世の文化を支配して、自分たちの道具として広く活用しているからです。暴力的で淫らな映像物はもちろん、一般的な大衆文化にも、すでに反キリストの思想が入り込んでいます。皆さんが単におもしろいからといって視聴しても、無意識のうちに悪い影響を受けるようになります。
私たちのイエス様は「あなたがたは、地の塩です。」と言われました。塩はしょっぱい味を出すだけでなく、腐敗しないようにする役割をします。ところが、塩がその味を失えば、何の役に立つでしょうか。世に染まっている人は、その味を失った塩のようなものです。皆さんは真理で自分をよく守って、味をしっかり出す塩になりますよう、主の御名によってお願いします。
ノアの箱舟の大きさ
本文[15節]で、神は箱舟の大きさを教えてくださいます。「それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。」とあります。
この「キュビト」とは長さの単位であり、一キュビトは成人の指先からひじまでの長さです。一キュビトをメートル法に換算すれば、ほぼ46センチから56センチになります。個人的な差、時代的な差があるために、絶対的な数値に規定しにくいです。それで計算しやすく、一キュビトを約50センチとして、箱舟の大きさを計算してみます。
「長さは三百キュビト」とあるので、箱舟の長さは約150メートルです。一般のサッカー競技場の長さは90から120メートルです。ノアの箱舟の長さはサッカー場よりはるかに長いです。ノアの箱舟の幅は「その幅は五十キュビト。」とあるので、約25メートルです。また「その高さは三十キュビト」とあるので、箱舟の高さは約15メートルになります。ふつう建物の一階の高さが2.5メートルから3メートルなので、ノアの箱舟は5、6階の高さです。
ノアの箱舟は内部が3階に分けられています。ノアの箱舟は神が指定された動物をみなのせて、彼らの食糧までも十分にのせられる大きさでした。科学者たちの計算で、これが事実であることが証明されました。今から約4,400年前に、このように大きい箱舟が造られたという事実はまことに驚くことです。
ノアの箱舟の設計比率
ノアの箱舟の設計比率には、さらに驚くべき神の知恵が含まれています。船舶工学者たちは長い間かけて大型船舶の設計安全率を見つけました。それは、船舶の長さが幅の6倍でありながら、高さの10倍のとき、最も安全だということです。(幅×6)=長さ=(高さ×10)それでは、ノアの箱舟はどうでしょうか? 長さ(150メートル)は幅(25メートル)の6倍で、また高さ(15メートル)の10倍です。大型船舶の設計安全率と正確に一致することがわかります。
人類が100メートルの長さの大型船舶を最初に建造したのは1843年です。(最初の大型船舶エスエス・グレート・ブリテンSS Great Britain)これは長さ98メートル、幅15.5メートル、高さ9.75メートルで、設計安全率のとおり建造されました。船舶工学者たちが近代になって見つけた比率を、知識の初めである神がすでに知っておられたので、ノアの箱舟をその比率に造るようにされたのです。
ノアの箱舟と関連した興味深い実験が1992年6月、韓国で実施されました。国家支援機関である海事技術研究所は、韓国創造科学会の依頼で、ノアの箱舟を造船工学の立場からアプローチして、実験してその研究結果を発表しました。
実験のために、ノアの箱舟を50分の1に縮小したテスト用箱舟を造りました。これを大型水槽に浮かべて、これに人工波を起こし、いくつか箱舟の安全性を測定しました。一般に船舶の安全性は、三つの要素を測定して評価します。復元性、波浪に対する安全性、構造安全性です。簡単に言って、高い波にも転覆したりつぶれないのか、船体内部の乗客や貨物はどれほどよく守られるのかを評価するのです。
今まで観測された最高の高さ、30メートルの波を人工に作って実験してみたりしたが、模型箱舟はこの環境でもびくともしなかったのです。ノアの箱舟は、現代の先端科学技術で建造される大型船舶に次ぐ驚くべき安全性を持っていることが、科学的にも立証されたのです。
知識と知恵の初めである神ご自身がノアの箱舟を設計された
今から4,400年前にこれが可能だった理由は、知識と知恵の初めである神ご自身がノアの箱舟を設計されたからです。
[箴言3:5-6]にも「心を尽くして【主】に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」とあります。父なる神は皆さんが心を尽くして神を認めて、神だけに拠り頼むことを願われます。
だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、知者になるためには愚かになりなさい。なぜなら、この世の知恵は、神の御前では愚かだからです。こう書いてあります。『神は、知者どもを彼らの悪賢さの中で捕らえる。』第一コリント3:18-19
まことに信仰のある方は、父なる神の御前で謙虚に自分を低くするしかありません。へりくだって助けと恵みを求めるようになります。いつも父なる神にへりくだってひざまずいて、恵みと慈しみ、力と知恵を求めますように。それで、父なる神の栄光を帰すわざをあふれるまでに現しますよう、主の御名によって祝福して祈ります。



