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朝の学び53 創世記6章

9月1日
読了時間: 9分

「【主】は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧 になった。それで【主】は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。そして【主】は仰せら れた。『わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至る まで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。』しかし、ノアは、【主】の心にかなってい た。これはノアの歴史である。ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノ アは神とともに歩んだ。ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤペテを生んだ。」 創世記 6:5-10


「神が大洪水のさばきを決められた理由」


本文[7 節]を読むと、神があげくの果てに大洪水のさばきを決められる場面があります。そして、 神がそのように決められるしかなかった理由が[5、6 節]に書いてあります。まさに「【主】は、地上 に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それ で【主】は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。」とあるのです。この時はアダムがこ の地上に定着して約 1600 年過ぎた時点です。神がこの地上をご覧になると、人の悪い行いが大 きく広がっていました。心にいだくことや考えがいつも悪いものだけでした。


唯一、アダムの正統系図であるセツの子孫だけが神である主を覚えて愛したし、その恵みの中で 生きていました。セツからノアに至るまで、神の恵みが代々受け継がれたのです。当時、この地上 にはセツの子孫だけでなく、カイン系統の子孫とアダムの他の息子の子孫など、数多くの人が住 んでいました。国連が使っている人口成長率計算式によれば、アダムからノアまで、一世代当たり 息子三人、娘三人ずつ生んだと仮定するなら、ノアの時代には人口が約 2 億人以上になります。 ところで、当時は子どもを数百年間生んだので、人口増加のスピードが非常に早かったのです。 ですから、ノアの時代の人口を数十億人と言っても、言い過ぎではありません。


ところが、この多くの人の中で、ただセツの子孫だけが「神である主」を信じたのです。彼らの他に は、ほとんどが神の存在自体を忘れて生きていました。このように神を忘れた人はただ食べて生き ること、肉の欲を満たすのに汲々とした生き方をしました。男は女を、女は男のことを考えました。 個人の情欲と利益だけを求めるのに忙しかったのです。自分の部族と町の利益のために、戦いも 辞しませんでした。戦いがなくて平安になると、淫らな放蕩生活をしました。罪と悪が非常に早く広 がって、その当時の罪と悪が、今この終わりの時のような水準でした。ひどく乱れて淫蕩なことが すぐ目につくほどだったのです。「どうすればもっと食べて遊べるか、どうすればもっと快楽を感じ られるか、どうすればもっと楽しめるか、どうすればもっと良いものが取れるか、どうすればもっと 肉を満足させられるか。」このように人々は自分の情欲を満たすことだけに関心を傾けました。


彼らの心は肉の欲と目の欲と暮らし向きの自慢で燃え上がりました。すでに神を忘れていたので、 情欲を満たせるなら、人目もはばからず罪と悪に向かって走りました。敵である悪魔・サタンに心 と思いを奪われたまま、自分のことだけ考えて、自分だけを愛したのです。 人は人間耕作の初期に、すでにこのようにひどく変わってしまったのです。ですから、父なる神が 彼らをご覧になると、自ずと悔やみ、心を痛められるしかありませんでした。それで、まずは 120 年の猶予期間を下さることで 1 次警告をされましたが、役に立たなかったのです。結局、大洪水の さばきを決められました。


「正確な公義に従って行われる神の裁き」


神がさばかれる時は、必ず正確な公義に従って行われます。選民イスラエル以外の国々の滅びも、 神の公義に従って働かれました。一例として、[ダニエル 5 章]を見ると、B.C.539 年にバビロン が滅びて、メディヤ・ぺルシャ帝国が建てられたのも、確かに神の摂理であることがわかります。バ ビロンが滅びる前夜、バビロンの最後の王ベルシャツァルは、千人の貴人たちのために大宴会を 催していました。エルサレムの神の宮から取って来た金の器でぶどう酒を飲み、偶像の神々を賛 美しました。すると突然、人間の手の指が現れ、王の宮殿の塗り壁に物を書きました。「メネ、メネ、 テケル、ウ・パルシン。」という字でした。


ダニエルがこのことばを解き明かすようになりました。その意味は次のようです。「『メネ』とは、神 があなたの治世を数えて終わらせられたということです。『テケル』とは、あなたがはかりで量られ て、目方の足りないことがわかったということです。『パルシン』とは、あなたの国が分割され、メデ ィヤとペルシャとに与えられるということです。」このとおり、ベルシャツァル王はその日の夜に殺されて、バビロン帝国は滅びてメディヤ・ぺルシャ帝国が建てられるようになりました。


このように、個人であろうが国であろうが、神がさばかれる時は、正確な公義に従ってなされるの です。神とかかわりのない国の滅びもこうなのに、神が全人類を滅ぼすさばきを決められるとき、 どれほど測りに測って考えたでしょうか。それでもさばきが臨んだということは、この地上に罪と悪 があまりにも増大していたことを証明しています。それで、結局、神は大洪水のさばきを決められ たのです。本文[7 節]に「そして【主】は仰せられた。『わたしが創造した人を地の面から消し去ろ う。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思う からだ。』」とあります。それでは、神はなぜ人だけでなく「家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。」と 言われたのでしょうか?


神が「家畜やはうもの、空の鳥」まで滅ぼそうとされた第一の理由はそれらが人間の堕落と関連 があるからです。人々はさまざまな材料をもって、これらのかたちに似た物で偶像を作って仕えま した。家の中を飾ったり、からだを装ったりもしました。神だけが礼拝と賛美を受けるべき方なのに、 人々は単なる被造物がその代わりをするようにしたのです。


不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。 ローマ 1:23


創造主である神より被造物のほうを恐れ敬うことは、あまりにもふさわしくありません。しかも人 は神と交われる霊がある存在なのに、そうでもない低次元の被造物に仕えるなら、これはどれほ どおかしいことでしょうか。ところが、人間耕作が始まっていくらも経たないうちに、人々は偶像を 拝み始めました。歳月が流れるほどその程度がひどくなって、ノアの時代には極に達したのです。 それで、神は「家畜やはうもの、空の鳥」まで滅ぼそうとなさいました。これで偶像がどれほどむな しいものであり、偶像として拝まれる動物も単なる被造物にすぎないということを明らかにしようとされたのです。


ところで、水の中の生き物はさばきの対象から除かれたことがわかります。なぜでしょうか? 先 に説明した理由と同じです。水の中の生き物は偶像の対象にならなかったからです。また、当時は 人々が海に大挙して出て行ったり、海で多くの活動をする前でした。海について多くを知らなかっ たのです。ただ陸地に広がっていたのです。したがって、人々は陸地と空の動物のかたちに似た 物ではよく偶像を作りましたが、海の動物をもってはそうできませんでした。それで、水の中の生 き物はさばきから除かれて、陸地の動物と空の鳥はさばきの対象になったのです。


神が「家畜やはうもの、空の鳥」まで滅ぼそうとされた第二の理由は、それらが人々に属していた からです。人は各種の動物のかたちに似た物で偶像を作って仕えただけでなく、所有物として作 って自慢したりしました。たとえば、どれほど多くの家畜を持っているかが富の尺度になりました。 したがって、家畜、すなわち、所有物による多くの犯罪が起きたりしました。欲張って多く持とうと する人、多く持っているものを誇示する人、他人のものを盗んだり強奪する人々が出て来たのです。


金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰か ら迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。 第一テモテ 6:10


金銭自体は悪いものではないけれど、人が金銭を愛することによって、数多くの悪行が行われま した。大洪水のさばきの前は「家畜」が人の代表的な所有物でした。「家畜」が罪を犯したのではあ りませんが、人に属していたので、人とともにさばかれるようになったのです。人とともに家畜がさ ばかれる例は、聖書のあちこちにあります。たとえば、[申命記 13:12-15]には、神がイスラエルの 民に、将来カナンの地に入って住む時に心に留めるべきことを語られる場面があります。


「もし、あなたの神、【主】があなたに与えて住まわせる町の一つで、よこしまな者たちが、あなたが たのうちから出て、『さあ、あなたがたの知らなかったほかの神々に仕えよう』と言って、町の住民 を迷わせたと聞いたなら、あなたは、調べ、探り、よく問いたださなければならない。もし、そのよう な忌みきらうべきことがあなたがたのうちで行われたことが、事実で確かなら、あなたは必ず、そ の町の住民を剣の刃で打たなければならない。その町とそこにいるすべての者、その家畜も、剣 の刃で聖絶しなさい。」 申命記 13:12-15


神である【主】以外の、他の神々に仕えることを徹底的に警戒されたみことばです。それで、もし他 の神々に仕えるなら、その町にいるすべての者を打つだけでなく、その家畜も聖絶しなさいと言わ れています。[第一サムエル 15:3]で、神がサウルにアマレクを聖絶せよと命じられた時も同じで した。「今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。容赦してはならない。男も女も、 子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも殺せ。」と言われました。このように洪水の大審判 の時も、人はもちろんのこと、人の所有および治めていた動物にまでさばきが臨んだのです。


神は大審判を決められましたが、人間耕作を始めたこと自体を悔やまれたのではありません。た だ、ご自身のかたちに造られた人間が神のかたちを失って、敵である悪魔・サタンの奴隷になって いることが、あまりにももどかしくて残念に思われました。その上、エデンの園の人の中でも、一部 がこの地上を行き来しながら、肉に染まって情欲に従って生きていくのをご覧になると、大変心を 痛められたのです。それで、神は人間耕作の歴史の新しい場を開こうとする計画をいだかれ、大 審判を決められたのです。まさに「ノア」と彼の家族を除いたすべての人を滅ぼそうと定められた のです。

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