朝の学び49 創世記6章 1
「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、神の子らは、人の娘たちが、いかにも 美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。そこで、【主】は、『わたしの 霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢 は、百二十年にしよう』と仰せられた。神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもがで きたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たち であった。」 創世記 6:1-4
「死を見ることなく天に移されたエノク」
エノクがすみやかに全く聖なるものとされた理由は、第一、善を積むことを楽しんだ、第二は、神 を第一に愛したと言いました。エノクが神をこの上なく愛すると、神も愛の表現をしてくださいまし た。するとエノクは神を親しく感じて「父」と呼べました。65 歳からは神とともに歩む生き方をしま した。その時から神への愛はさらに大きくなって、やがて「神に喜ばれる者」という証拠をいただきました。
主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。 ゼパニヤ書 3:17 後半節
このように、父なる神はエノクがかわいくて仕方がなく、一時も離れていたくありませんでした。そ れで、この地上でも 300 年間ともに歩んでくださって、結局エノクが死を見ることのないように、 天に移されました。エノクは神と明らかに交わっていたので、神がどの時点になれば自分を移され るのか、知っていました。それで、家族や周りの人々にもあらかじめ知らせておきました。彼らがエ ノクが移されても驚かないで、かえって光栄に思えるように、よく説明してあげたのです。
「預言者エリヤの昇天」
エリヤが天に上げられた時も、神はエリシャにその栄光の場面を見るようにしてくださいました。 こうして、彼らがなお進みながら話していると、なんと、一台の火の戦車と火の馬とが現れ、このふたりの間を分け隔て、エリヤは、たつまきに乗って天へ上って行った。 第二列王 2:11
エリシャは、神が恩師のエリヤを死を見ることなく移されるのをはっきり見ました。あまりにも光栄 なことで感激でした。それで、その後、他の弟子たちが山や谷にエリヤを捜しに行くと言った時も、 そうする必要はないと引き止めました。それでもついに五十人が三日間捜し回りましたが、結局 見つけることができなかったのです。このように、エノクが天に上げられた時も、神は周りの人々 がそのことを光栄だと思えるようにしてくださいました。
「天国にあるエノクの家」
一方、エノクは光の通路を通して、速く移動しました。それは一瞬のことでしたが、その中の雰囲 気と感動をすべて感じられました。エノクはこの地上で生きていた時も、父を思うことでいつも幸 せでしたが、父のふところにいだかれた時のうっとりした気持ちは言葉に尽くせないほどでした。
父なる神は天国にエノクの家を用意してくださいました。その家で目に最もよくつく所には、特別 な装飾品があります。それは、エノクが父にささげた告白の内容が宝石で彫られたものです。文 字一つ一つが宝石で縫い取られ、きらびやかな光を放っています。また、エノクがこの地上でささ げた賛美に、父が光と香を加えて編曲された音楽がかすかに鳴り響いています。父なる神はエノ クが愛の心を込めてささげた告白ひと言、賛美一節も、聞き流してしまわれませんでした。喜んで かがれ、このように天国で美しい報いとして返してくださったのです。このような希望をもって、さ らに心を尽くし、精神を尽くして、父なる神を愛するすべての聖徒の皆さんになりますように。
「父なる神様の慰めと喜び」
愛する聖徒の皆さん、今までエノクについて説明しました。父なる神がこのようなエノクをご覧に なると、どれほどいとおしかったでしょうか。人間耕作を始めて以来、人類はすみやかに罪に染ま っていきました。ところが、エノクが神を切に捜して心から愛する香をささげると、父なる神は慰め られました。永い歳月を耐え忍んで待って期待されたまことの子どもを得た喜びによって、非常に 楽しまれました。父なる神が望まれる子どもは、このエノクのように善と愛が満ちている人であるこ とを後世に教えてくださるために、聖書に書き残されたのです。この世代は、エノクの時代よりはる かに罪と悪がはびこっています。それでも皆さんが御霊の歩みに入り、さらに全く聖なるものとさ れるなら、父なる神がどれほど喜ばれるでしょうか。皆さんすべてが父なる神に慰めと喜びを差し 上げるまことの子どもになりますよう、主の御名によって祈ります。
「創世記 6 章-洪水のさばきの背景」
聖徒の皆さん、今からは[創世記 6 章]です。アダムがこの地上に追い出されてから、約 1,600 年 が過ぎたとき、世はすでに罪と悪がはびこっていました。それで、神が「洪水のさばき」を決められ、 ノアに箱舟を作るように命じられました。きょうの本文には、神が世をさばこうとされた重要な理由 の端緒が出てきます。また「神の子ら」「ネフィリム」「昔の勇士」が出てきます。聖書を読む人なら ば「彼らははたして誰だろうか」という疑問を持ちます。聖書学者の間ですら意見がいろいろとあ ります。皆さんは聖書の著者である父なる神ご自身が解き明かしてくださったみことばを通して、 これから明快な答えを得るでしょう。
「多くの人がこの地上にふえ、広がり始めた時」
まず[1 節]から詳しく調べましょう。「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、」 ここで「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、」とは、どのような時を意味する でしょうか?まず文字どおり、多くの人がこの地上にふえ、広がり始めた時です。たとえば[創世記 4 章]にあるカインの子孫のうち、レメクはふたりの妻をめとりました。その結果、子孫も二倍得られたのです。これが人口増加のスピードをさらに速くした重要な要因になったと言いました。
「人々が罪と悪に染まって、神からかなり遠ざかった時」
また、レメクの代を起点に、人類の文明が以前とは違う次元で大いに発達しました。業種別の専門 家が出てきて、技術が発達して、人々の暮らしがかなり安定しました。暮らしの余裕ができると、 遊興文化も形成されました。このように文明が発達するほど、人は神からますます遠ざかっていきました。神中心の生き方が人間中心の生き方に変わったのです。
これは今日も同じです。物質的に豊かな国であるほど、人本主義思想が支配的で、キリスト教に 対して排他的なのが見られます。個人的にも、人々は富と権勢を得るほど、神を捜さないで遠ざ けます。「神がいなくても、これくらいいい暮らしができる」という高慢な心が生じるからです。レメ クの代を起点に、人類は物質的に豊かで暮らしが安定するようになると、急速に罪と悪に染まって 神から遠ざかりました。
したがって、本文の「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、」とは、第二、人々 が罪と悪に染まって、神からかなり遠ざかった時を指しています。本文の「地上」という単語は、単 純に目に見えるこの肉の地だけを指しているのではありません。アダムが生きていたエデンの園、 この霊の世界と対比される「肉の世」を指しているのです。ですから「人が地上にふえ始め」という みことばは、「人がだんだん肉の世に染まって、肉の人になっていく」という意味です。
当時の状況をまとめてみれば、人々が神への信仰を失うことによって、道徳性が欠けてしまうなど、 悪に濃く染まっていたことを知らせてくれます。このように、このみことばは神がなぜ洪水のさばき を決められたのか、その理由を察するようにしてくれるのです。
皆さん、続く[1 節の後半節]に、「彼らに娘たちが生まれたとき、」とあります。このみことばを誤解 して、「その前までは息子だけを生んで、この時になってから娘たちが生まれたようだ」と思っては いけません。娘たちがいなかったなら、息子たちも生まれなかったでしょう。それなら、どうしてあ えてこのように表現されたのでしょうか? それは、続く[2 節]の出来事を説明するためです。以 前ももちろん娘たちはいたが、人がこの地上にふえ始めたとき、すなわち、罪と悪に深く染まり始 めた時に生まれた娘たちが、[2 節]の出来事と関連があるからです。[2 節]を見れば、「神の子ら は、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。」とあります。



