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朝の学び117 創世記15章

9月7日
読了時間: 9分

更新日:9月10日


創世紀15:12-21


日が沈みかかったころ、深い眠りがアブラムを襲った。そして見よ。ひどい暗黒の恐怖が彼を襲った。そこで、アブラムに仰せがあった。「あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出て来るようになる。あなた自身は、平安のうちに、あなたの先祖のもとに行き、長寿を全うして葬られよう。そして、四代目の者たちが、ここに戻って来る。それはエモリ人の咎が、そのときまでに満ちることはないからである。」さて、日は沈み、暗やみになったとき、そのとき、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが、あの切り裂かれたものの間を通り過ぎた。その日、主はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。」




序論

本文12節からはアブラムが夢を通して神様と交わりをしている場面だと説明しました。深く眠っているアブラムに、神様は将来、彼の子孫たちが体験することになることを見せてくださっているのです。ところが夢とはいえ、アブラムは実際に起こる状況のように、自分の目の前に広がっている光景を見ながら、恐怖が臨むのを感じるようになります。将来、彼の子孫たちが体験することになる出来事を見ると、決して平坦な道ではなく、多くの逆境と困難があることを知ることになり、瞬間、恐怖が臨むようになったのです。アブラムが信仰の父として立てられ、本格的な人間耕作の歴史の中で、今後彼の子孫たちが、アブラハムを目標として信仰の中に入ってくるまで、その道がどれほど険しかったか、イスラエルの歴史だけを見てもよく分かります。    



神の計画の中にあるアブラムとその子孫たち  

このように、神様はアブラムに子孫の将来のことについてあらかじめ知らせてくださいましたが、続く本文を見れば、非常に具体的な内容までも知らせてくださっています。13-14節「そこで、アブラムに仰せがあった。「あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出て来るようになる。」と言いました。この言葉の中には、将来ヤコブを通して始まるイスラエル民族が、エジプトに入って四百年間、奴隷とされてから、出エジプトすることになることまでの内容が含まれているのです。    


これを通して私たちはヨセフという人物がエジプトの奴隷として売られ、後日エジプト全土を支配するようになること、彼の兄弟たち、すなわちヤコブとヤコブの息子たちがエジプトの地に移住して生きていくこと、後にそこで奴隷となって四百年を過ごすこと、モーセを指導者としてエジプトを出ることも、このすべての過程が人の力や計画によるものではなく、父なる神の摂理と計画の中で行われたことであることが分かります。     


エジプトが強くなって、イスラエル民族が400年間、彼らの奴隷として生きてきたのではなく、短い時間内に、イスラエル民族を大きい民族として形成させていくための、摂理の中で許された時間だったのです。イスラエルの民たちが奴隷となった期間が、なぜ400年間だったのかについては、続く16節の御言葉と関連して説明しますが、このように父なる神様は、アブラムに今後行われることについて具体的な時間までも話して下さり、そのお言葉どおり正確になされたという事です。     


アブラムは信仰が完全な者として信仰の父として立てられましたが、彼の子孫たちは、それぞれの信仰の分量通りに彼らの信仰が成長していくだけ、神様を体験しながら導びかれていくことになります。彼らの信仰では、すぐにカナンの地を侵略して入ることも、神の言葉に従うこともできませんでした。そのため、神様はアブラムの子孫たちに、アブラハムに約束したカナンの地を与えるために、信仰の訓練の過程を一つ一つ摂理し、その計画に従って導いていかれたということです。それで正確な時になってイスラエル民族に出エジプトさせ、すべてが公義の法則に合う時点になった時にカナンを征服して入らせたのです。    


15節「あなた自身は、平安のうちに、あなたの先祖のもとに行き、長寿を全うして葬られよう。」とあります。アブラハムは信仰の父であり、神様の友と認められるほど欠点がなく、完全な人でした。ですからアブラハムは、エリヤやエノク、またモーセと比べてみた時、いくらでも生きたまま、父なる神様のそばに行ける人物でした。それでもアブラハムは、この地で生命が尽きる死を迎えることになります。ところが、ここにまさに父なる神の摂理があります。人がこの地の人生を終えると、その中で救われた魂はひとまず上のよみに行き、救われなかった魂は下のよみに行きます。まさにアブラハムは、イエス様が、この地上に来られた救い主としての使命を終えて昇天する時まで、上のよみにいて救われてくる魂をその胸に迎える使命を担ったのです。

ルカ16:22によれば「さて、この貧乏人は死んで、御使いたちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。」と記され、救われた乞食のラザロが、アブラハムのふところに入ったことを言っています。なぜ神様のふところと言わずに、アブラハムのふところと言うのですか?イエス様が私たちの救い主になってくださる前までは、すべての人の信仰を測る基準が、まさに信仰の父であるアブラハムだったからで、救われた魂は信仰の父となったアブラハム預言者の胸に抱かれたのです。     


しかしイエス·キリスト以後には、救いの基準がイエス·キリストになるので、この時からは救われた魂が、主の胸に抱かれるようになりました。もちろん、イエス様が救い主として来られる前に、この地の人生を終えて救われた魂も、皆がイエス様のお名前によって救われました。旧約時代に救われた魂は、たとえ行為によって救われたものでしたが、彼らにもイエス様を救い主として迎える機会が与えられます。そうしてこそ、信仰によって義を得て、霊界の法則に従って、これ以上罪人ではなく義人として救いを受けることができるからです。それでイエスが救い主として出てくる前は、旧約に救われる魂はアブラハムの胸に抱かれたのです。ペテロ第一3:19「その霊において、キリストは捕われの霊たちのところに行ってみことばを宣べられたのです。」と言われた通り、イエスは十字架にかかって死んだ後、その霊がよみに降りて福音を伝えることで、まだイエスを知らずに死んだ魂の中で救われた魂たちにイエスを救い主として迎えることができる機会を与えたのです。


四代と400年の意味       


本文16節のお言葉を見ると、「そして、四代目の者たちが、ここに戻って来る。それはエモリ人の咎が、そのときまでに満ちることはないからである。」というのです。先の13節でも「あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。」として4という数字と関連がありましたが、400年や四代に出てくる4という数字は苦難を意味する数で、これは今後イスラエル民族が体験する苦難を意味するものです。しかし、アブラハムの子孫たちには、神様が許したこの訓練を通して、父なる神様の選んだ民である選民として、完全に出てくることができる道が開かれることになります。神様について知るようになり、悟りながら信仰が成長するきっかけが作られるようになります。

では、どうやってアブラハムの子孫は四代目にこの地、つまりカナンの地に戻ってくるのでしょうか?ここで四代とは、ヤコブの息子たちの世代から始まり、出エジプトした時の世代のことです。つまり、エジプトに移住したヤコブの息子たちを第一世代とし、出エジプトの世代が第四世代になるのです。例えば、モーセの系図を見れば、ヤコブの三男レビが第一世代、レビの息子ケハテが第二世代、ケハテの息子アムラムが第三世代、アムラムの息子アロンとモーセが第四世代になります。   


アブラハムの子孫であるヤコブと彼の息子たちが、カナンの地を離れてエジプトに移住してから正確に四代目にして、彼の子孫たちは神の言葉どおり再びカナンの地に戻ることになったのです。13節では、このようにアブラハムの子孫たちが再びカナンの地に戻るまで、自分たちのものでない国で寄留者になって彼らに仕え、苦しめられる期間を400年と言いました。使徒の働き7:6にも「また神は次のようなことを話されました。『彼の子孫は外国に移り住み、四百年間、奴隷にされ、虐待される。』」と、ステパノ執事も400年について言及しています。 


ところが、出エジプト12:40-41によれば、「イスラエル人がエジプトに滞在していた期間は四百三十年であった。 四百三十年が終わったとき、ちょうどその日に、主の全集団はエジプトの国を出た。」とし、出エジプト記の著者であるモーセはイスラエルの子孫がエジプトに居住した期間を430年と記録しています。ガラテヤ3:17にも、「私の言おうとすることはこうです。先に神によって結ばれた契約は、その後四百三十年たってできた律法によって取り消されたり、その約束が無効とされたりすることがないということです。」として使徒パウロもやはり四百三十年を言及しています。では、なぜこのような違いが出るのでしょうか?    


400年とおっしゃった理由は、当時の人々の平均寿命を考えると、一世代を100年と計算し、四代目つまり400年になったことです。そのため、400年は「四代目に帰ってくるだろう」という言葉と対になってアブラハムの子孫であるヤコブとその息子たちがエジプトの地に定着した時からモーセによって出エジプトすることになる時までを言います。ところが400年という数字は、四代と対になるための概算の数字であり、実際にイスラエルの民がエジプトに居住した期間は430年になります。430年の始点と終点についてはいくつか異なる主張がありますが、一般的にヤコブが家族と一緒にエジプトに移住した時をB.C.1876年とし、出エジプト記の事件が起きたB.C.1446年までが正確に430年になることが分かります。それだけなく、神様がなぜある時は400年で、またある時は430年と記録させたのか、その理由が分かれば良いのです。 

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