朝の学び109 創世記14章
更新日:9月10日
創世記 14:1-16
さて、シヌアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアルの時代に、これらの王たちは、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シヌアブ、ツェボイムの王シェムエベル、ベラの王、すなわち、ツォアルの王と戦った。このすべての王たちは連合して、シディムの谷、すなわち、今の塩の海に進んだ。彼らは十二年間ケドルラオメルに仕えていたが、十三年目にそむいた。十四年目に、ケドルラオメルと彼にくみする王たちがやって来て、アシュテロテ・カルナイムでレファイム人を、ハムでズジム人を、シャベ・キルヤタイムでエミム人を、セイルの山地でホリ人を打ち破り、砂漠の近くのエル・パランまで進んだ。彼らは引き返して、エン・ミシュパテ、今のカデシュに至り、アマレク人のすべての村落と、ハツァツォン・タマルに住んでいるエモリ人さえも打ち破った。そこで、ソドムの王、ゴモラの王、アデマの王、ツェボイムの王、ベラの王、すなわちツォアルの王が出て行き、シディムの谷で彼らと戦う備えをした。エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアル、シヌアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、この四人の王と、先の五人の王とである。シディムの谷には多くの瀝青の穴が散在していたので、ソドムの王とゴモラの王は逃げたとき、その穴に落ち込み、残りの者たちは山のほうに逃げた。そこで、彼らはソドムとゴモラの全財産と食糧全部を奪って行った。彼らはまた、アブラムのおいのロトとその財産をも奪い去った。ロトはソドムに住んでいた。ひとりの逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた。アブラムはエモリ人マムレの樫の木のところに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの親類で、彼らはアブラムと盟約を結んでいた。「アブラムは自分の親類の者がとりこになったことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追跡した。夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。
アブラムの神に対する信頼
甥のロトが、先に見た目に良さそうなヨルダンの低地全体を選んで去った後、カナンの地に留まり、平安と祝福の中で暮らしていたアブラムにある日、一人の人があわただしくやってきます。そしてアブラムに甥のロトが戦争の中、捕虜として連れて行かれたという知らせを伝えます。北方にある四つの国の王の連合した軍隊が、当時ロトが住んでいたソドムの地まで攻め込み、ロトと彼に属した所有の人々までも捕虜として、全財産と食料を分捕り物として持っていったのです。この知らせを聞いたアブラムは、すぐに自分の家で生まれて育て訓練した人々を従え、敵の軍隊を追撃していきます。この時、アブラムと一緒にいた人の数はそれほど多くありませんでした。自分のしもべ318人を招集して、また自分と同盟を結んでいたアモリ人の人を合わせても、四人の王が連合した敵の軍隊に比べると、その数が多いわけではありませんでした。
本文24節にも、アブラムと共に戦争に出た人の名前が、彼と同盟したアネルとエシュコルとマムレの3人だけが記録されています。しかし、アブラムはこのような数的な劣勢にもかかわらず、少しの躊躇もなく敵の軍隊を追いかけて敵を破り、甥を救ってきたのです。では、アブラムがこのように大胆に出て戦って勝つことができた理由は何でしょうか?アブラムは現実を見ずに、ただ信仰の目で眺めました。自分といつも共におられ、守って導いていかれる父なる神様への全面的な信頼があったので、アブラムは兵士が多い少ないにこだわらず、神様だけにより頼んで、大胆に出ていって敵と戦うことができたのです。
詩篇20:7に「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。」と言われた通り、兵士が多いか少ないかというのは人の側では重要だが、神様の側では大きな意味がないためです。士師記7章を見ると、さばきつかさギデオンは彼に従うたった300人の兵士で、いなごのように大勢のミデヤン人やアマレク人や他の東の人々との連合軍を、大破したことが分かります。神様が知恵を与えて助けてくださるので、たった300人の兵士をもって、海辺の砂のように多くて数えきれない数の敵軍を、退けることができたのです。この時、神様がギデオンに与えた戦略が、まさに陣営を3つの群れに分けて夜に乗じて敵をかく乱させ、敵が自ら自滅させる方法でした。
創世記14:15に「夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。」とおっしゃった通り、アブラムもやはり敵を倒すために、神がギデオンに命じた方法と似た方法を使いました。ひたすら信仰を持って大胆に進み、敵と対抗して戦ったが、だからといって無条件に力だけで戦ったのではなく、このように神様の知恵を受けて、敵を打ち破ったことがわかります。まるでダビデ王があることを決める時に、ひとつひとつ父なる神様の前に尋ねて応答を受けたように、神の人であるアブラムもやはり、自分自身の力と知恵を頼ったのではなく、父なる神様の前に尋ねて道を導いてもらったのです。
アブラムの善良な心
前回、アブラムが甥のロトを救う姿を通して、彼の善良な心をもう一度感じることができると言いました。自分の甥に対して最後まで責任を取り、自分ができる最善を尽くす善の心です。アブラムは甥のロトから何かの恵みを受けたわけでもなく、むしろ大きな恵みを与えた立場であるにもかかわらず、恵みを与える心が変わらなかったのです。ところが、今日は恵みを受けた人の側でも、どれほど簡単に恵みを忘れて変改してしまうのでしょうか。私たちはダビデ王の場合を通して、一度恵みを受け愛の心を受けた人に対して、どのようにするのが真理なのかを見ることができます。
ダビデにはヨナタンという親しい友人がいましたが、彼はまさに自分を殺そうとしたサウル王の息子として、サウルの後を継いで王になる人でした。ヨナタンの立場から見れば、ダビデはヨナタン自身が得るべき王位を、代わりに占めることになる人だったにもかかわらず、ヨナタンはこのようなダビデをとても愛していました。サムエル第二1:26にダビデが告白する「あなたのために私は悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。あなたは私を大いに喜ばせ、あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった。」というほど、二人は互いに愛し合う仲でした。そしてヨナタンはダビデを殺そうとする父サウル王から最後までダビデを保護し、助けてあげました。
このような恵みと愛を受けたダビデもやはり、後日王になった時以前に受けた恵みを決して忘れなかったという事です。王になったダビデは、すぐに恩返しの方法を見つけました。ヨナタンはすでに戦争で死んだ後だったので、サムエル紀第二9:1によれば「ダビデが言った。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。」」と言ったのです。こうして見つけたのが、ヨナタンの息子、メフィボシェテでした。メフィボシェテはヨナタンの息子でしたが、同時に自分を最後まで殺そうとしたサウル王の孫であり、ヨナタンが死んだ状況ではサウル王の後を継いで、自分の王位を狙うこともできる人でした。だから王位を堅固にしなければならないダビデ王の立場では、警戒しなければならない人物で、場合によっては跡継ぎをなくすためにも、いくらでも殺すことができる人でした。しかしダビデ王はこのようなメフィボシェテをあまりにも手厚くもてなしてあげます。
サムエル記第二9:7に「ダビデは言った。「恐れることはない。私は、あなたの父ヨナタンのために、あなたに恵みを施したい。あなたの祖父サウルの地所を全部あなたに返そう。あなたはいつも私の食卓で食事をしてよい。」」と言ったのです。彼の祖父サウル王の所有だった畑をすべて返すということだけでも、彼にはあまりにも過分な仕打ちだと思いますが、ダビデはメフィボシェテに自分と同じテーブルで食事をする恩寵まで施したのです。それでサムエル記第二9:11の後半節に「メフィボシェテは王の息子たちのひとりのように、王の食卓で食事をすることになった。」と言っています。
もちろんダビデ王がヨナタンの生前に、彼から何度も助けられて恵みを受けたが、ダビデ王はこのように一度恵みを受け、また心の中心で愛したヨナタンに対して、彼が死んだ後でも彼の子孫を通して、最後まで恵みを返そうとする善良な心を持っていたという事です。人々の中には実際に恵みを受ける時は頭を下げて、「ありがとうございます。この恩を絶対忘れません。恩を必ず返します。」 このように言っていても、後で時間が経って自分の状況が悪くなれば、いつそうだったのかのように恵みを忘れる人々が多いです。しかし、ダビデはそのような人々とは全く違う、真理の善良な心が臨んでいたのです。
アブラムの場合は、なおさら甥のロトからどんな恵みを受けたわけでもなく、ハランを去った後、常に世話をしながら恵みを施してきたにもかかわらず、このように甥のロトが大きな困難に直面することになると、再び自分の身を惜しまずに彼を助けに駆けつけたのです。神様はこのように善良で美しい心を持ったアブラムといつも共におられ、守って導いていかれました。皆さんもまさにこのような心だけを持つようになれば、誰もが神様から愛されるようになり、祝福されるようになるという事です。
アブラムとメルキデゼクとの出会い
本文を見ると、ソドムの王が敵の連合軍を破り、すべて奪われた財産と、自分の甥であるロトとその財産とまた婦女と民を取り戻してきたアブラムを迎えます。ところが、前後の状況の説明もなく、突然シャレムの王メルキゼデクが登場しています。では、なぜここにメルキゼデクとの出会いが突然記録されているのでしょうか?この中には大きな霊的な秘密が込められていますので、一つ一つ説明していきましょう。本文18節によればメルキゼデクについて「いと高き神の祭司」とあります。ところが、実はイスラエル民族で祭司という職分が正式に登場し始めるのは、アブラハムの時代からかなり後のモーセの兄アロンからでした。神様はヤコブの12人の息子たちの中で三番目だったレビの系図の子孫の中でアロンを始め、彼の子孫たちに祭司の職分を遂行させたのです。 ところが、このように祭司の職分が生まれるずっと前に、今日の本文には祭司という職分が登場しています。
使徒パウロはまさにこれについてヘブル7:10で説明するとき「というのは、メルキゼデクがアブラハムを出迎えたときには、レビはまだ父の腰の中にいたからです。」と話しています。つまり、極めて高い神様の祭司メルキゼデクがアブラムに会ったその当時、祭司が輩出されるレビ族の先祖であるレビはまだ生まれてもいないということです。これはつまり、メルキゼデクは肉的な系図を追って立てられた祭司とは異なり、彼に祭司という職分が与えられたのには何か特別な理由があることを示しています。
ヘブル7章11節ではこれについて、「さて、もしレビ系の祭司職によって完全に到達できたのだったら、―民はそれを基礎として律法を与えられたのです。―それ以上何の必要があって、アロンの位でなく、メルキゼデクの位に等しいと呼ばれる他の祭司が立てられたのでしょうか。」と述べています。「位」とは、ある集団での地位、身分の上下関係などを意味します。ここでメルキゼデクの位に等しいと呼ばれる他の祭司とは、大祭司でありながら、自分を神様の前になだめの供え物として捧げ、ただ一度で神と私たち人類との間にあった罪の隔ての壁を壊してくださったイエス様を指すのです。
続くヘブル7:15-17では、「もしメルキゼデクに等しい、別の祭司が立てられるのなら、以上のことは、いよいよ明らかになります。その祭司は、肉についての戒めである律法にはよらないで、朽ちることのない、いのちの力によって祭司となったのです。この方については、こうあかしされています。「あなたは、とこしえに、メルキゼデクの位に等しい祭司である。」」とあります。イエス様はメルキゼデクの位に等しい祭司として、肉についての戒めである律法にはよらないで、朽ちることのない、いのちの力によって祭司となったのですと言われました。イエス様がレビ部族ではなく、その流れではないユダの子孫として生まれ、私たちの大祭司になられた根拠が、まさにメルキゼデクから探しているのです。詩篇110:4にも将来この地に来られるメシヤの神イエスについて預言していますが「あなたは、メルキゼデクの例にならい、とこしえに祭司である。」と述べています。



