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朝の学び107 創世記14章

9月6日
読了時間: 10分

更新日:9月10日

創世記 14:1-16 

さて、シヌアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアルの時代に、これらの王たちは、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シヌアブ、ツェボイムの王シェムエベル、ベラの王、すなわち、ツォアルの王と戦った。このすべての王たちは連合して、シディムの谷、すなわち、今の塩の海に進んだ。彼らは十二年間ケドルラオメルに仕えていたが、十三年目にそむいた。十四年目に、ケドルラオメルと彼にくみする王たちがやって来て、アシュテロテ・カルナイムでレファイム人を、ハムでズジム人を、シャベ・キルヤタイムでエミム人を、セイルの山地でホリ人を打ち破り、砂漠の近くのエル・パランまで進んだ。彼らは引き返して、エン・ミシュパテ、今のカデシュに至り、アマレク人のすべての村落と、ハツァツォン・タマルに住んでいるエモリ人さえも打ち破った。そこで、ソドムの王、ゴモラの王、アデマの王、ツェボイムの王、ベラの王、すなわちツォアルの王が出て行き、シディムの谷で彼らと戦う備えをした。エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアル、シヌアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、この四人の王と、先の五人の王とである。シディムの谷には多くの瀝青の穴が散在していたので、ソドムの王とゴモラの王は逃げたとき、その穴に落ち込み、残りの者たちは山のほうに逃げた。そこで、彼らはソドムとゴモラの全財産と食糧全部を奪って行った。彼らはまた、アブラムのおいのロトとその財産をも奪い去った。ロトはソドムに住んでいた。ひとりの逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた。アブラムはエモリ人マムレの樫の木のところに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの親類で、彼らはアブラムと盟約を結んでいた。「アブラムは自分の親類の者がとりこになったことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追跡した。夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。



 

はじめに


創世記13章ではアブラムとロトが別れて、それぞれの住む所に行くことになる過程を見てみました。アブラムは相手に良いものを先に譲るという広くて善良な心で行っていったが、一方ロトは自分の見る方にもっと良いものを選んで自分の利益を追っていってしまったのです。創世記14章には、このようにそれぞれ霊と肉を選んで去ったアブラムとロトが、その後にどのような結果が出るのかがよく出ています。肉を追っていったロトは戦争に巻き込まれ、大きな災いの中に陥ることになりますが、霊を追ってきたアブラムは肉的な祝福はもちろん、極めて高い神様の祭司であるメルギゼデクに出会うという、驚くべき霊的な祝福まで受けることになります。

神様の声を聞くことができず、導かれることができないまま、自分の見た目に良いように肉を追った結果は、多くの困難に遭うことになり、絡み合った状況に陥ってしまいました。反面、善の中で神様の導きを受けた結果は、神様の守りと保護の中で、富と名声まで得る幸いな結果として出てきたのです。 


肉を追うロトと霊を追うアブラムの違い       


本文1節に出てくる「時代」とはバベルの塔の事件以後、人々が言語と種族によって散らばって暮らしながら、それなりに勢力を育てていた時を言います。そのため、当時はそれほど広くない領土の中に数人の王がいて、それぞれ自分の領土を管轄していたことが分かります。彼らは自分の勢力をさらに育てるために、時には利益を求めて互いに連合したり、時には互いに戦争をしたりしましたが、本文の背景も北方に住んでいた四人の王の連合軍とソドム、ゴモラを中心とする五人の王の連合軍との戦争から始まります。

 

当時、ソドムとゴモラをはじめ、カナンの地境を占めていた王たちは、この戦争に敗れ、北方の王たちの中でもエラムの王ケドルラオメルに12年間仕えるようになりましたが、13年になると裏切るようになります。そして、そのケドルラオメルと彼と同盟した王たちは、再び連合軍を構成し、破竹の勢いでカナンの地境に向かって降りてきます。レファイム人、ズジム人、エミム人、ホリ人を順に打ちながら降りてきます。そして再び方向を変え、アマレク人とエモリ人を攻撃した後、ついにソドムとゴモラの王をはじめとする5つの王の連合軍まで敗北させてしまいます。 


本文の11-12節「そこで、彼らはソドムとゴモラの全財産と食糧全部を奪って行った。彼らはまた、アブラムのおいのロトとその財産をも奪い去った。ロトはソドムに住んでいた。」とあるとおり、ソドムの王が北方の四つの王に敗れた時、当時ソドムの地に住んでいたロトに災いが降りかかったのです。それでは、このように北方の四人の王の連合軍によってカナンの地境と周辺一帯がほぼ占領された状況で、アブラムは果たしてどうなったのでしょうか?     


本文13節「ひとりの逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた。アブラムはエモリ人マムレの樫の木のところに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの親類で、彼らはアブラムと盟約を結んでいた。」とあります。これは、おびただしい戦争の渦の中でもアブラムは安全に守られていたし、戦争によっていかなる被害も受けていないことを物語っています。当時、アブラムが住んでいた場所は、エモリ人のマムレの樫の木の近くでしたが、先ほどお話しした通り、エモリ人までも北方の四人の王の連合軍によって害を受ける状況でしたが、近くに住んでいたアブラムは守られていたという事です。さらに、アブラムは滞在していた地域はもちろん、周辺で影響力を行使している人々と親交を深め、同盟していたことが分かります。

アブラムは戦争の渦中にも完全に守られただけでなく、周辺の勢力とも良い関係を維持し、自身の勢力を育てていくことができたのです。では、アブラムはどのようにして周辺の勢力とも円満な関係を維持することができたのでしょうか?これは、アブラムが神から守られ、保証される人だったからであり、常に仕える人だったからです。私たちは本文の御言葉を通して、当時のアブラムがエモリ人の人々と非常に近くに住んでいたことが分かりますが、この時、エモリ人の立場では、異邦人のようなアブラムとどうして最初から素直に良い関係を結んだのでしょうか?周辺の異邦民族がアブラムをどうすることもできなかった理由は、彼と共におられる神様を見たからです。

以前、エジプトの王に妻のサライを奪われた時に、彼がどうやって妻を探すようになったのか、噂に噂が加わったはずで、そうしながら周辺の人々も自然にアブラムと共にしながら、彼を守る神様について聞くようになりました。また、アブラムを保証しながら祝福する神様の御手を彼らも感じることができました。そのため、簡単にアブラムに触れることができず、むやみに接することもできなかったのです。アブラムはこのような状況でも、いつも周りに仕え、配慮する心でした。「私はこのように神様から守られる人だ。」と、周辺の異邦民族を無視したり、ぞんざいに接するのではなく、善良な心の中心から常に先に相手に仕えて施したのです。周りの人たちもこのようなアブラムに良い感情を持つようになり、お互いに力になってあげる関係に発展するようになったのです。


アブラムの受けた祝福


14章24節 「ただ若者たちが食べてしまった物と、私といっしょに行った人々の分け前とは別だ。アネルとエシュコルとマムレには、彼らの分け前を取らせるように。」を見ると、アブラムが甥のロトを助けに出征する時に、アブラムには自分が育てて訓練した者300人だけでなく、アネルとエシュコルとマムレもいたことが分かります。彼らはアブラムと同盟を結んだ人々で、戦争という危険な状況でもアブラムを助けるほどアブラムと強い関係を持っていたという事です。だから、アブラムが普段どれだけ周辺に仕えたかがよく分かることであり、またアブラムを保証して共にする神様が、アブラムの周辺の人々にもどれほどよく働かれていたかが分かります。このようにアブラムがいつも周りに仕えていたからといって、これが彼の力が弱かったからそうしたのではありませんでした。肉的に見てもアブラムには周りの人たちがむやみに接することのできない力と富があったことが分かります。

このような事を裏付ける内容が14-16節に出てきます。「アブラムは自分の親類の者がとりこになったことを聞き、彼の家で生まれたしもべども三百十八人を召集して、ダンまで追跡した。夜になって、彼と奴隷たちは、彼らに向かって展開し、彼らを打ち破り、ダマスコの北にあるホバまで彼らを追跡した。そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。」アブラムが三百十八人の勇士をしもべとして従えていたということは、その他にもどれほど多くの人々がアブラムに属していたかをよく表しています。勇士たちと一緒にいる家族や、その他の必要な人材まで考えると、この時アブラムがどれほど大きな集団を成して大きな勢力を持っていたかが分かるのです。だからアブラムがどれほど大きな祝福の中で富と権勢を享受して暮らしていたかが分かります。アブラムはこのように心強い基盤を形成し、神様がくださる祝福を思う存分受けていったので、多くの異邦の民族の間でも彼らと肩を並べて生きていくことができました。

 

ここで私たちが一つ悟らなければならないことは、アブラムは人の側でする道理もやはり全てをする人だったという事です。もちろん、アブラムがこのように大きな勝利を収めることができたのは、何よりも神様を全面的に信じて頼りにしたからですが、それでもアブラムは人の側ですることを決して疎かにしませんでした。「神様が守ってくださるだろう」と自分がしなければならないことを疎かにしたのではなく、自分自身も熱心に人々を育て訓練し、自身と自身に属した所有を守ることを疎かにしなかったということです。

 

ところが、たまにある方々は、神様の前に信頼を示すと言いながら、人の側でしなければならないことまでもしないまま、無条件に「信じます。」というケースを見ることがあります。例えば事業の場で祝福を受けることを望む方が、事業の場の世話をすることは疎かにしたまま、神様の前に「祝福して下さると信じます。」と祈るなら、これは公義に照らしてみても当たらないものです。人の側から見て回ることができるのは、あちこちを見て回って、肉的にも隙間なく仕事をしていかなければならないのです。もちろん神様の仕事で忙しくて、事業の場や仕事の場を世話できない場合もあるでしょうが、だからといってこういう場合、「知らない」と自分のすべきことまでしないならば、これは正しい信仰の姿勢とは言えません。

普段から分野をよく見て、時には自分が席を外しても仕事がうまくいくようにしておかなければならず、必要な時は、自分の代わりに信じて仕事を任せられる人を育てておくことも重要なことです。だから神様の前に信仰で委ねると言って、人の方でできることまでしないまま、口だけで「信じます」と言ってはいけないことですし、人の側でやるべきことはやるべきです。人の側ですることまでしなければ、これはまるで柿の木から柿が落ちることだけを待つ、愚かな人だと知らなければなりません。しかし、アブラムは人の側ですることに対しても常に最善を尽くす人だったので、神様がくださる祝福をよりよく管理することができ、必要な状況に直面した時に、いつでも使える人たちもよく準備ができていたので、直ちにロトを救うために出征することができたのです。

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