ヨブ記講解93 - おのれ自身を知ろう②(上)
説教:イ・スジン牧師
本文:ヨブ記32:14-18
前回からエリフという新しい人物が登場しました。その背景は次のようです。これまでヨブと熱く言い争っていた三人の友達はヨブに勝つことができず、神様だけがヨブを負かすことができると結論を出して黙ってしまいました。すると彼らの会話を聞いていたエリフという人が突然怒って、「年上のあなたたちが、知恵ある言葉でヨブを負かすのを待っていたのに。そうできなかったから私の出番だ。」と言って口を開きました。エリフは彼らの会話に口を出したい心だったのですが、第三者の立場であり彼らより年下だったので、礼儀を守って我慢していました。しかし、結局我慢できなくなって口を開きました。本人はこうすることが正しい良いことだと確信していたから、その態度はとても堂々としています。
本当に神様が彼を見る時も正しいと言われるでしょうか?神様は闇の中で明かりを照らすように人々の隠れている心を探る方です。光である神様の御言葉で心を照らせば、明白な悪はもちろん、本性の中の悪、自分の義と枠も一つ一つ明らかにされます。ですから、エリフを通して皆さんが自分の深いところにある悪を発見して捨てて、完全な光の子供になりますよう主の御名によって祈ります。これまでヨブ記講解を伝えながら言葉の重要性についてよく伝えました。今日も言葉の重要性についてですが、何か言いたいという本能と言うでしょうか、何か自分が話したいことを我慢できない姿、何か言いたくてたまらなくてむずむずしたり、イライラするそのような姿について調べてみます。皆さん普通はこのようなことをあまり考えないと思います。何か話したくて言いたくて心の中でもやもやしている姿が、日常生活であまりないかもしれないし、それが悪だとも思わないかもしれませんが、今日エリフの姿を通して自分自身を顧みますように。
相手を指摘したい、自分の意見を言いたい、自分が正しいと言い張る、そのような姿があるのではないかチェックしてみますように。私はメッセージを準備しながら笑うところがありました。面白いと思いながら、人の姿にはこういうところがある。そして、こういうところまで一つ一つ教えてくださる神様の御言葉が面白いし、また楽しいし、メッセージを準備しながら笑ったりしました。皆さんも今日のメッセージを聞いて自分の姿を顧みますように。何ともないことなのに、人に何か我慢できなくて話したくて言いたくてむずむずしている、そういう姿、狭い心の姿を発見してそのような姿を捨てて広い心になりますように。
ヨブ記32:14-15です。
彼はまだ私に向かってことばを並べ立ててはいない。私はあなたがたのような言い方では彼に答えまい。彼らはあきれて、もう答えない。彼らの言うことばもなくなった。(ヨブ記32:14-15)
エリフは、「ヨブが自分に話さなければ自分も答えない。」と言っています。このような言葉を覚えていてください。エリフは、ヨブが自分に話さなければ自分も答えないと言っています。エリフは自分が言いたくても今まで我慢していたと言いました。しかしヨブが「あなたは私に何が話したいの?」とこのように聞いてくれればよかったのですが、ヨブは聞いてくれないのです。そして、「ヨブの友達もいろいろ話をしたけれどヨブに勝てなかった。どうして黙っているのか。もっと語らなければ」と、このようにエリフが強く言っているのですが、ヨブの友達もエリフに「さあ、あなたが話してみなさい。」と言ってくれないのです。だからエリフは今心の中で歯がゆいのです。相手が「話してみなさい」と言ってくれればいいのに、そう言ってくれないから、言いたいのに相手がそのように聞いてくれないから、もやもやしているのです。相手が「何を話したいの?聞きたい。」と言ってくれればいいのに、そう言ってくれないのです。それならどうでしょう?何か話したくても、相手が「何が話したいの?」と聞いてくれないから困るでしょう。今、エリフがそのような自分の立場を言っているのです。
ヨブが自分の話を聞こうとしてくれないから、自分も答えないと言っているのです。エリフはこのようなことを言っているのです。あなたが私に言葉を並べ立てていないからと言って、またあなた方のような言い方では私は答えないと言っているのです。私ならあなた方よりももっとうまくできるのにと言っているのです。そして後でまた、自分が言いたいことは言いたい放題で言ってしまうのですね。今までヨブがヨブの友達と話をしていました。エリフには何か話を求めていませんでした。だから自分が口を出す立場ではなかったのです。自分なりに年上の人々の前で礼儀を守っていました。そして15節「彼らはあきれてもう答えない。」とあります。これは、エリフが自分たちを叱ってヨブに向かって腹を立てている姿を見て、「あの人はどうしてそんなことを言うの?」とこのように黙って見ていたからです。「年下の人なのにどうして突然怒るの?腹を立てるの?」とみんなそのように思っているのです。
前回からエリフという新しい人物が登場しました。その背景は次のようです。これまでヨブと熱く言い争っていた三人の友達はヨブに勝つことができず、神様だけがヨブを負かすことができると結論を出して黙ってしまいました。すると彼らの会話を聞いていたエリフという人が突然怒って、「年上のあなたたちが、知恵ある言葉でヨブを負かすのを待っていたのに。そうできなかったから私の出番だ。」と言って口を開きました。エリフは彼らの会話に口を出したい心だったのですが、第三者の立場であり彼らより年下だったので、礼儀を守って我慢していました。しかし、結局我慢できなくなって口を開きました。本人はこうすることが正しい良いことだと確信していたから、その態度はとても堂々としています。
本当に神様が彼を見る時も正しいと言われるでしょうか?神様は闇の中で明かりを照らすように人々の隠れている心を探る方です。光である神様の御言葉で心を照らせば、明白な悪はもちろん、本性の中の悪、自分の義と枠も一つ一つ明らかにされます。ですから、エリフを通して皆さんが自分の深いところにある悪を発見して捨てて、完全な光の子供になりますよう主の御名によって祈ります。これまでヨブ記講解を伝えながら言葉の重要性についてよく伝えました。今日も言葉の重要性についてですが、何か言いたいという本能と言うでしょうか、何か自分が話したいことを我慢できない姿、何か言いたくてたまらなくてむずむずしたり、イライラするそのような姿について調べてみます。皆さん普通はこのようなことをあまり考えないと思います。何か話したくて言いたくて心の中でもやもやしている姿が、日常生活であまりないかもしれないし、それが悪だとも思わないかもしれませんが、今日エリフの姿を通して自分自身を顧みますように。
相手を指摘したい、自分の意見を言いたい、自分が正しいと言い張る、そのような姿があるのではないかチェックしてみますように。私はメッセージを準備しながら笑うところがありました。面白いと思いながら、人の姿にはこういうところがある。そして、こういうところまで一つ一つ教えてくださる神様の御言葉が面白いし、また楽しいし、メッセージを準備しながら笑ったりしました。皆さんも今日のメッセージを聞いて自分の姿を顧みますように。何ともないことなのに、人に何か我慢できなくて話したくて言いたくてむずむずしている、そういう姿、狭い心の姿を発見してそのような姿を捨てて広い心になりますように。
ヨブ記32:14-15です。
彼はまだ私に向かってことばを並べ立ててはいない。私はあなたがたのような言い方では彼に答えまい。彼らはあきれて、もう答えない。彼らの言うことばもなくなった。(ヨブ記32:14-15)
エリフは、「ヨブが自分に話さなければ自分も答えない。」と言っています。このような言葉を覚えていてください。エリフは、ヨブが自分に話さなければ自分も答えないと言っています。エリフは自分が言いたくても今まで我慢していたと言いました。しかしヨブが「あなたは私に何が話したいの?」とこのように聞いてくれればよかったのですが、ヨブは聞いてくれないのです。そして、「ヨブの友達もいろいろ話をしたけれどヨブに勝てなかった。どうして黙っているのか。もっと語らなければ」と、このようにエリフが強く言っているのですが、ヨブの友達もエリフに「さあ、あなたが話してみなさい。」と言ってくれないのです。だからエリフは今心の中で歯がゆいのです。相手が「話してみなさい」と言ってくれればいいのに、そう言ってくれないから、言いたいのに相手がそのように聞いてくれないから、もやもやしているのです。相手が「何を話したいの?聞きたい。」と言ってくれればいいのに、そう言ってくれないのです。それならどうでしょう?何か話したくても、相手が「何が話したいの?」と聞いてくれないから困るでしょう。今、エリフがそのような自分の立場を言っているのです。
ヨブが自分の話を聞こうとしてくれないから、自分も答えないと言っているのです。エリフはこのようなことを言っているのです。あなたが私に言葉を並べ立てていないからと言って、またあなた方のような言い方では私は答えないと言っているのです。私ならあなた方よりももっとうまくできるのにと言っているのです。そして後でまた、自分が言いたいことは言いたい放題で言ってしまうのですね。今までヨブがヨブの友達と話をしていました。エリフには何か話を求めていませんでした。だから自分が口を出す立場ではなかったのです。自分なりに年上の人々の前で礼儀を守っていました。そして15節「彼らはあきれてもう答えない。」とあります。これは、エリフが自分たちを叱ってヨブに向かって腹を立てている姿を見て、「あの人はどうしてそんなことを言うの?」とこのように黙って見ていたからです。「年下の人なのにどうして突然怒るの?腹を立てるの?」とみんなそのように思っているのです。
