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ヨブ記講解79 - まことの宝(下)

4 日前
読了時間: 13分

説教:イ・スジン牧師

本文:ヨブ記28:5-11


皆さん、以前のことを考えてみましょう。金が埋もれている山があるとしましょう。金の鉱山があるならば人々は全財産を投資してそこを買ったりするでしょう。いろんな道具があって、ここに金が埋もれているということを知ったならばどうするでしょうか?その地の価格が高くても自分の財産を投資してでも買おうとするでしょう。すると後でそれと比べられない収益を得るようになります。そしてそのような金を探すために人々が多くの労苦をするのです。ヨブが言ったように闇の暗いところまで行ったり、人と離れて忘れられたりすることがあるのです。私たちは、この世の金とか美しい良いものと比べられない真の真理を神様からいただくためになら、投資して労苦することは当然でしょう。例えば祈る時お腹にも力を入れないで、そして力のない声で静かに祈ることと、お腹に力を入れてまた力を尽くして主を呼び求めて、声に出して祈ることとどちらが苦労でしょうか?ダニエル祈祷会をする時どんなふうに切にしていますか?祈っていますか?賛美する時、手を叩く時、習慣的に適当にしている姿はありませんか?私は子供の時も賛美する時、祈る時、手を叩く時は、手が痛いほど手のひらが赤くなるほど最善を尽くして叩きました。赤くなった手のひらを見ながら私は最善を尽くしていると思いました。​


リバイバル聖会の時の映像を見てみれば、私がそんなふうに熱く賛美している姿もあったのですが本当にそうでした。創造主である神様の前に何かを求めるためには、そのように心を込めて最善を尽くして力を尽くさなければならないと思ったからです。そして祈る時も本当に最善を尽くして切に主を呼び求めて祈るから、ある時はちょっと喉が痛かったり声がかすれたりすることもありました。そして子どもの時は大人と比べて自分の声があまり大きくないから、もっと大きくしようとしました。そして声がかすれたりしたこともあるのですが、それでも最善を尽くそうとしました。ハレルヤという時も手を高く上げて神様の前に心を尽くしてしようとしました。そのような姿が身についたら神様も喜んでお受けになるでしょう。祈る時もそのように最善を尽くして祈れば痩せることもできます。女性の皆さんそうやってダイエットをしてみてください。本当にお腹に力を入れて、全身全霊を尽くして、力を尽くして切に祈ったら汗も出るのですよね。そうすると2時間ぐらい3時間ぐらい祈った後は本当に痩せるのです。​


このような肉的な面で効果もあるのですが、重要なのは霊的な面ですね。そのように切に祈れば心が変えられるでしょう。また聖霊によって強くされるのではありませんか。そうやって真の宝を掘り出さなければなりません。楽に簡単に適当にして得られるものではありません。世の人も何かたっといものを得るために苦労するのですが、私たちは霊的なものを得るためどのくらい労苦していますか?続く本文を見ると、ヨブはまるで地質学者のように地の表面と内部について語っています。​


ヨブ記28:5です。


地そのものは、そこから食物を出すが、その下は火のように沸き返っている。(ヨブ記28:5)


地の上では各種の食物が出て育ちます。またその下は火のように沸き返っています。これは溶岩を言っています。私たちは土の上を踏んで生きています。また道路が敷かれているからその地の中に溶岩があることをあまり意識していないかもしれませんが、地の中には溶岩があります。溶岩は液体状態ですが、高い温度によって赤い光を放って火のように見えます。今日は科学が発達していて地の下に溶岩があることが分かりますが、ヨブはすでに数千年前にこのようなことを知っているほど知恵が優れていました。現代の科学は地球の構造を地殻とマントル、核に区分しています。地殻は地球の一番外側を言います。平均の深さは約35km位の軽くて硬い岩石です。地表面の下にはマントルがあって、さらに深いところには核があります。私たちが踏んで立っている地層はマントルの上に浮いているようなものです。このマントルの温度は、地上に一番近い最上部が約500度で、核と境界面の最下部はなんと5000度です。地殻変動によって、時にはあちこちで火山が噴火しますが、この時1000度C以上の熱い溶岩が湧き出ることもあります。​


地球の温度は太陽エネルギーの大きい影響を受けますが、地の中の溶岩も地球の熱を維持するのに重要な役割をします。これによって植物が地の上で芽を出して育つのです。このように地球は創造主の神様が、人が住むのに一番良い環境として造ってくださいました。宇宙の中には地球の他にもいろんな星があるのですが、今まで人が研究した結果、人が住めるところはないのです。唯一地球だけです。なぜなら、創造主の神様が人間耕作のために造ってくださったところが地球だからです。人が生きるのに一番適合した環境を造ってくださいました。地の下に溶岩があると先ほど言ったのですが、私たちはそれを感じないでいるでしょう。そしてその溶岩があることで、地球の温度、熱を維持するのに重要な役割をしているのです。創造主の神様の創造の御業なのです。それなのに、人が偶然にできたとか、地球も偶然にできたとかという主張は、本当に理解できないものです。神様の創造だと言って説明すれば全てが解けるのです。そしてその証拠も神の力の御業によって現れていますね。私たちはそれを信じているから、神様の全知全能であることも信じて神様の御心に従うべきでしょう。地の下の溶岩も地球に必要だから神様が造っておかれました。


それでは本文の御言葉を通して神様が悟らせてくださることは何でしょうか?ここで地の下に沸き返っている火は、聖霊の火に例えることができます。私たちがイエス・キリストを受け入れて聖霊を受けて御霊に従って生きる時、命が生まれ永遠の命を得ることができます。地の下に火が沸き返っていて、適切な温度によって植物が芽を出して成長するように、私たちの中には聖霊がおられるから命が生まれ天国に行くことができます。聖霊は罪と義と裁きについて悟らせてくださり、私たちが罪を捨てて正しく生きるように助けてくださいます。また力のある信仰生活をするために聖霊の火のバプテスマを受けることはとても大切です。


ヘブル12:29に、「私たちの神は焼き尽くす火です。」とあります。焼き尽くす力のある火が神の子供たちに臨むことが聖霊の火のバプテスマです。私たちが聖霊の火のバプテスマを受ければ全身が熱くなり病原菌が焼き尽くされ、闇の勢力もその力を失い退きます。また人の心にある罪の性質と世を愛する心を焼き尽くされ、自分の力ではできないこともできるようになります。火のパブテスマは神の力の次元なので、必ず信仰の行いがなければなりません。それだけ真理を行って、天の御座を動かすほどの火のような祈りと心を尽くした賛美の香りは毎日積まなければなりません。このような行いのある信仰をもって進んでいくとき聖霊の火が臨み、罪の性質が捨てられ病気などいろんな問題が解決されます。さらに聖められて神の力を受けた真の子供になり、多くの人を救いに導くことができます。ですから皆さんも祈りに励み、聖霊の火のパブテスマを受けてさらに聖霊に満たされて信仰生活をしますように。


ヨブ記28:6-8です。


その石はサファイアの出るもと、そのちりには金がある。その通り道は猛禽も知らず、はやぶさの目もこれをねらったことがない。誇り高い獣もこれを踏まず、たける獅子もここを通ったことがない。(ヨブ記28:6-8)


誇り高い獣は虎とかライオンとか熊とか獅子とかこういうものでしょう。その石はサファイアのでるもと、そのちりには金があるとあります。石の中には金が込められている石があるのですが、これを金鉱石と言います。また砂金は岸辺や水の下の砂や砂利の中に混ざっている金を言います。小さいものや鱗のようなものですが、たまに大きい塊のものもあるそうです。韓国では、岸辺に行って砂の中を見てみても砂金はないと思います。でも国によってはそういうところがありますね。それでその砂金を探し求める人々もいるでしょう。人々は金の鉱脈を探して、金鉱石を掘り出したり砂金を探したりします。石の中からサファイアとかルビー、ダイヤモンドなど各種の宝石を採取したりします。これは人が動物より視力が良く力があるからではありません。猛禽やハヤブサは視力が優れていて、高い空から地面の小さい動物も見ることができます。高い空を飛んでいて遠くの地面にある獲物を見つけたら、素早く降りてきて強い爪で掴んで空に飛んでいきます。小さいネズミとかそういうものを高い空から見つけることができるのです。岩の下に小さい動物が隠れていてもそれを見つけることができるほど優れた視力を持っています。ところがこのような猛禽でも石の中にある宝石はわからないのです。


このような御言葉を霊的に私たちに適用してみれば、聖霊が霊の目を開いてくださらなければ、目があっても救いの道を見ることができないようなものです。また誇り高い獣といえる虎やライオンや象とか熊も砂金があるのか、岩の中に金があるのか分からないし、それを見つけることもできません。たとえ金があることを知ったとしても、人が貴重に思うことも分からないのです。金は変わらないという特性のため、今まで多くの人が金を愛してきました。ところで、神様の御言葉が記録されている聖書には、金とも比べられないたくさんの宝が入っています。救いと永遠の命はもちろん、天国の栄光とこの地上で必要な全ての祝福を受けることができる道が書いてあります。それで天国は畑に隠された宝のようなもので、良い真珠を探している商人のようなものだと言われました。しかしこの宝は、世を愛する心で目が遮られたら見えません。霊の目が開かれなければ見えないし、霊の耳が開かれなければ聞けないのです。ですから皆さんは、御言葉から宝を見つけなければなりません。それが霊の目が開かれたというのです。実際霊の世界を見る目ではなくて真理を聞いて悟ってアーメンと受け入れること、天国が信じられること、御言葉を悟ることは霊の目が開かれたと言います。皆さんはだから幸いな方々ですね。


人の知識や権力、名誉やお金でもこのような宝は得ることができません。聖霊に助けられて心の戸を開いて、イエス・キリストを受け入れて真理を受け入れる時得られるのです。いくら尊い宝が隠されている畑でも、代価を払ってこそ自分のものになるように、私たちも悪を捨てて真理のみ言葉を行うことが天国の宝を所有できる秘訣です。ヨブは空の猛禽やハヤブサも、また動物の王と言われる獅子とかどんな誇り高い獣も、美しいものを発見することもできない、見ることもできないと言いました。しかし人はどうでしょうか?猛禽のような優れた視力もないし、ライオンや虎のように鋭い爪もないけれど、それにはない特別なものがあります。獣は魂と肉だけですが、人には魂と肉だけではなく霊があります。霊的な存在です。それで動物とは違って霊を通して、創造主の神様を探し見つけて体験することができます。誰でもイエス・キリストを受け入れれば、聖霊を受けて神様と交わることができるし、聖書の中から無限の宝を得ることができます。動物は死ねば土に還るのですが、人は創造主の神様を恐れかしこみ正しく生きたならば、美しい天国で永遠に生きることができます。


ヨブ記28:9-11です。


彼は堅い岩に手を加え、山々をその基からくつがえす。彼は岩に坑道を切り開き、その目はすべての宝を見る。彼は川をせきとめ、したたることもないようにし、隠されている物を明るみに持ち出す。(ヨブ記28:9-11)


人には知恵があるから、先端技術で岩や山を丸ごとなくしたりもします。道路を作るために山を掘ってトンネルを作ったり、海を埋めて人工島を作ったりします。深い海の下から石油を汲み出したり、川をせき止めて浄水池を作ったりします。地の中に隠されているいろんな宝を掘り出したりします。人は動物とは違って知恵があるのでこういうことができます。まして知恵の初めである神様が私たちと共におられるなら、どんなことができないでしょうか?人は自分なりに知恵があって金や宝石を掘り出すことができますが、この地上の宝石は永遠なものではないので虚しいだけです。私たちが掘り出すべきものはイエス・キリスト、真理です。聖書にある永遠な宝石を得て、自分のものにしなければならないという意味です。聖書の中にある宝は人の知恵では見つけることができないし、ただ神様がくださった知恵で見つけて掘り出すことができます。


箴言9:10に「主を恐れることは知恵の始め、」とあります。ダビデは羊飼いだったのですが、神様を恐れかし込んでいたので、神様がくださった優れた知恵をもって戦いで勝利して、サウル王を避けて結局王位に上がりました。ダニエルとヨセフは異国に行った捕虜と奴隷の身分でした。しかしどんな状況でも神様を恐れかし込み、神様の掟を守り正道を歩んでいたら、上から優れた知恵と悟りが臨みました。大きい国の大臣として霊肉ともに兼ね備えていたから、王と民に認められ愛されました。今日も同じです。皆さんもダビデやヨセフ、ダニエルのように神様を恐れかしこみ善を追い求めていけば、世の知恵とは比べ物にならない天の知恵と悟りを頂いて優れた人になれるのです。皆さんこのようなメッセージを聞いてただ恵みを受けるのではなくて、知恵と悟りを神様に求めてください。自分には学力がないと思いますか?このような御言葉を自分のものにしてください。世の権力や名誉がある人も霊の目が開かれていなければ、目が遮られていて虚しいものを追い求めます。しかし私たちは聖霊によって霊の目が開かれて、真の宝が何かを悟って天国に向かっています。真理、神様の御言葉の中から宝を掘り出すように悟らせてください、知恵をくださいと祈ってください。そしてただ祈るだけではなくて、神様が知恵をくださる方法があります。それは神様を恐れかし込むことです。それは真理を追い求めて悪から離れることです。このような御言葉を悟ってそのように行ってみてください。


世の人は貧しい家庭に生まれて良くない環境に置かれていて、それに不満を抱いて一生苦しみながら辛い思いをしている人もいるのですが、神様を信じる私たちはそうしてはいけません。現実を見て嘆く必要がありません。全てを神様に委ねて、神様が全てを満たしてくださることを信じるからです。神様が上からくださる知恵があればどんなことでもできるのです。正確な真理の法則があり、神様はこうこうすれば知恵を与える、こうこうすれば豊かにする、こうこうすれば健康にするとその道を全部教えてくださいました。その道を歩いていけば得られるのです。でも自分には知恵がないと思いながら嘆いていてはいけません。神様に求めないで神様を信じないままどうして辛い思いをしているのでしょうか?そして世を愛して世に目を向けているなら、どうして神様の前に答えをいただけるでしょうか?ヨブは今神様の前にいろいろ訴えていて、嘆いていて、自分の立場を説明するために自分なりの知恵で、あれこれ例えを挙げて説明しています。しかし私たちは自分の知恵ではなく神様に求めて、神様の知恵によって霊的な宝を得ましょう。そのような心で御言葉を慕って正道を歩む皆さんになりますように。


結論です。


皆さんは世を生きていてどんな宝を得たいと思いますか?ルカ5:4でイエス様はペテロにこう言われました。「深みに漕ぎ出して、網を下ろして魚を取りなさい」ペテロがイエス様の言葉に聞き従って深みに網を下ろしたら、多くの魚を取ることができました。」水とは霊的に御言葉であり神様なのです。深い水、深みは神様の心を意味します。神様の心、その中には宇宙のすべてのものが入っています。神様が設計して創造された宇宙を見れば、神様の心がどれほど広くて深いのかわかります。その深くて広い神様の心に網を下ろせば、私たちは無限な宝を得ることができます。優れた知恵と悟りを得ることができます。心の願いも祈りの求めも叶えられ、全ての人生の問題が解決されます。神様の心の深みに網を下ろすということは、魂に幸いを得ていて神様の心に似ていくことです。自分の知恵や知識、全ての考えと経験を全部打ち砕いて火のように祈り、罪と戦って血を流すまで戦って捨てて心を霊に変えていくほど、霊肉ともに答えを受け祝福されます。ですから皆さんは神様を恐れかしこみ、悪はどんな悪でも避けて神様の心の深みに網を下ろして真の宝を得ますように。主の御名によって祈ります。

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